FC2ブログ
 6/7 朝日歌壇俳壇に今瀬剛一先生の新著 「芭蕉体験 去来抄をよむ」が紹介されています。

 今瀬剛一先生は鉾田一高応援歌の作詞者で国語と音楽が担当でした。
 
 その後、俳人として大成され、NHK俳句にも選者として出演されています。

 去来抄は蕉門での論議、俳諧の心構え等をまとめた江戸時代の俳諧論書とのこと。

 その松尾芭蕉は友人の仏頂和尚を訪ねて何度も鉾田や鹿島を訪れているので、この地方の文芸活動にも影響を与えていると思います。

 そのあたりのことを私はピアノ&トークに示しましました。

 下記に一部を抜き出しましたが、時間のある方は全文をお読みください。

 その出久根さんも書いていますが、この辺は伝統的に俳句や短歌が盛んなようで、出久根さんのお父さんも短歌を作って文芸雑誌に投稿していたそうです。
 無名の方でも、素晴らしい歌集を出しています。
「引きしぼり 弓を放ちて 的打ちし 音は激しき愛語に似たり」
 これは旧大洋村二重作の小室志つ江さんが出版した歌集の一首目です。青春真っ只中のように思えますが、実は100歳の方なんですね。ちなみに、私はこの作品に触発されて短歌をたしなむようになりました。
 また、この近くには大儀寺・根本寺などの俳句で有名なお寺があります。大儀寺はこの会場のある、はまなす公園から汲上に北上、西に入った北浦湖畔、鉾田市阿玉にあります。根本寺は鹿島神宮から1,5キロの所にあります。この二つのお寺とも江戸時代に仏頂和尚が住職をしていました。松尾芭蕉は仏頂さんが大好きだったので、月見とか、吟行とか理由をつけて、よく立ち寄ったようです。
 今瀬先生にも、これらの寺で一句詠んで欲しいですね。ちなみに袋田の滝の入り口には『しっかりと見ておけと滝氷けり』という先生の句碑が立っています。

 なお、同朝日俳壇

グールドのゴールドベルク夏来たる (佐伯市) 菅野隆光

 これはクラシック音楽に相当詳しい人でなければ詠めません。

 けれども、どんぴしゃり。

 傑作です。

 選者の高山れおな氏に敬意を表します。

 その教養の深さは驚くばかり。

 さすが、金子兜太の跡継ぎにふさわしい!


DkjSC03074.jpg
6/7 朝日歌壇俳壇
 わが家のアジサイが咲きそろいました。

 アジサイは日本のヤマアジサイが原種ですが、日本から中国→ヨーロッパに渡って品種改良され、また日本に戻ってきたのが、あのマリのような紫陽花(中国名)のようです。

 なにせ、日本原産ですから、あの万葉集にも数多く歌われていると思っていました。

 ところが、万葉集にはたった2首だけしか残されていません。

 ということは、一般的な鑑賞対象にはなっていなかったのでしょうか。

 ごく珍しい花だったか、逆に気にもとどめない花だったのか。

紫陽花の八重咲く如く 八つ代にを いませ我が背子見つつ思はむ  橘諸兄(たちばなのもろえ)

 紫陽花が八重に咲くように、八代も長く生きて下さい、私の君よ。ずっと紫陽花を見てあなたを偲びますから。

 6月末の宴席でアジサイに寄せて宴の主人の長寿を言祝(ことほ)ぐ歌です。八代は何代もの天皇の御代。つまり長い間の意味。
 当時は原種のヤマアジサイしかないので八重咲きとするのは不自然です。ゆえに、花の色が何度も変化することを八重といい八代と掛けているのかもしれません。

 その変化をよく思わなかったのが、もう1首の方です。

言問はぬ木すらあぢさゐ諸弟(もろと)らが 練りのむらとに あざむかれけり  大伴家持

 家持はアジサイのうつろいやすさを嫌い、上手い言葉にすっかりだまされてしまった、と詠んでいます。

 これらから考えると、当時のアジサイは今のペンペン草のように嫌われていたのかもしれませんね。

 今では鎌倉の名刹を始め、各地であじさい祭りが催されるほどの名花なのですが・・・。


1hDSC03049.jpg
わが家のアジサイ

2kDSC03051.jpg
わが家のアジサイ

3dDSC03053.jpg
わが家のアジサイ

4yDSC03050.jpg
わが家のアジサイ

5fDSC03052.jpg
わが家のアジサイ
 朝日新聞に「巣ごもりに 短歌はいかが」との記事が掲載されました。

 さっそく、私もやってみます

英語でも「昔は良かったなあ」という曲多くあり世界共通 ansay


1dCIMG0060.jpg
5/3 朝日新聞25面 「巣ごもりに 短歌はいかが」


 別紙のGLOBEには「中村哲先生の夢引き継ぐ アフガニスタン人留学生」の記事が。

コロナ禍で同時鎖国の地球上向かう人ありアフガニスタン ansay


2kCIMG0062.jpg
5/3 朝日新聞別紙GLOBE13面 「中村哲先生の夢引き継ぐ アフガニスタン人留学生」
 連日、新型コロナウイルスについての生々しい報道が続いております。

 今日の朝日俳壇歌壇も新型コロナウイルス一色でした。 

 でも、そこには文学的要素が加味されています。

 ゆえに、より深く考えさせられ、ストレス対策にもなり、歴史的意味も生まれるでしょう。

 今は句会や歌会も自粛されているでしょうが、幸いにもこれらにはオンライン開催の利があると思います。

 私たちも、こういう時こそ、普段の忙しさに追われることなく、1句1首をひねり出すことができるのではないでしょうか。

ひるねしつひねもすひねるひまなひび ansay


DSC02i777.jpg
4/19 朝日新聞 11面 朝日俳壇歌壇
 朝日新聞の「桜 心映し歌い継がれ」の記事によると「花といえば桜」となったのは「拾遺和歌集」が成立した11世紀初頭のことだそうです。

 万葉集には梅の歌が約120首収められているのに対し、桜は3分の1ほど、とも書かれています。その後のもてはやされぶりをみると信じられませんが。

 その万葉集の中でも少ない桜を詠った1首を紹介しましょう。

桜花 今ぞ盛りと 人は言へど 我れは寂しも 君としあらねば    大伴池主

 桜花は今が満開と人は言うけれど、私は淋しい、あなたと一緒にいないので。


 大伴池主(おおとものいけぬし)は大伴家持の親友で「君」とは大伴家持のことなのです。
 
 古今集以後では現れにくい関係ですね。

 もっとも、この時代の桜はソメイヨシノではなく、山桜ですから、その荒々しさを考えると、それもありかも知れません。

 男性同士の愛情表現というものが古代にもあったということがおわかりでしょう。文学的虚構かもしれませんが。

 LGBTは古代も現代も共通。人の心は進歩しているようで進歩していないのかもしれません。

 なお、相聞歌は往復存問の歌の意味ですから、元は男女間の歌だけではなかったようです。

 朝日新聞の「桜 心映し歌い継がれ」の記事には小野小町・与謝野晶子・梶井基次郎をへて軍歌にも歌われ、現代ではシンガーソングライターやAKB48にも歌われる桜の諸相が記されています。


DSCy02696.jpg
3/30 朝日新聞 15面 「桜 心映し歌い継がれ」