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 わが家は前も後ろも河川敷なので、親子の散策姿をよく見かけます。

 特に今は新型コロナウイルスによる学校閉鎖が続いているので。

 ボール遊びや、スケートボード、楽器の練習などをする方が多いのですが、きょうは芝川河川敷で親子4人でゴミ拾いをしている家族を見かけました。

 お父さんが率先してゴミばさみでごみを拾い、お母さんと2人の子供たちが、それに続きます。

 それぞれ持っているレジ袋には半分ほど膨らんでいて、子供たちはそれを楽しそうに振りふりしながら、足早に進んでいました。

 お父さんの教育なのか、お母さんの考えなのか、子供たちが言い出したのか、興味のあるところです。

 いずれにしても、そのような価値観が世の中にあるということを子供たちに知らしめることは必要なことでありましょう。

 それを強制してはいけないし、将来、選ぶ選ばないは子供の自由なのですが・・・。


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親子でゴミ拾い 芝川河川敷

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親子でゴミ拾い 芝川河川敷
 今日、2月27日の朝日新聞広告で「宝もの」を見つけました。


     どこにだって宝物はあるだろう
   知られない 日本の里に 山に 海に

  五島列島は この国の 西の海に浮かぶ
     知られずとも 美しい 島々だ

     島々には 椿の咲く 人知れず
    みごとに 豊かに はるかな古代から

       椿は 桜ではない
    咲く時も 散る時も 見る時も

   役に立つことを 美しい とは言わないか
  知られずとも はるかな古代から ここに咲く

    椿は 人を 暮らしを 潤してきた
     人知れず はるかな古代から

    それを 美しい とは言わないのか
   例えば 椿の潤す その髪を その肌を

          五島の椿



 どこにだって宝物があることを証明するには五島列島を違う場所に、椿を違うものに置き換えてみるとすぐにわかるでしょう。

 例えば水戸の梅や、東北のカタクリやフキノトウ、北茨城や福島のメヒカリ、温暖な地方に自生するご当地柑橘類、日本海側海岸に石のように落ちているツブガイなど、日本はどこに行っても宝物だらけです。

 ところが、あまりにもありふれていると、その尊さに気がつかないのですね。

 椿がいい例です。

 長い間人々に寄り添い、暮らしを潤し、めでられ、慰めてきました。

 人に例えると「そういうもの」でしょうか。

 私も大好き

 椿に心を寄せてくれてありがとう。


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2月27日 朝日新聞 6面

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2月27日 朝日新聞 16面 17面

 今回の万座温泉日進館フロアショーの演奏はサックス奏者の市村雅昭さんと2人だけでした。

 市村雅昭さんは日進館の総支配人を長年務め、定年になってからもシニアアドバイザーとして何日か出勤しています。

 その通称マスター市村さんと今回はゆっくりと語り合うことができました。

 驚いたのは、私の恩師原保雄先生と「がん哲学外来」で共に活動している、とのことです。

 「たしか、ヤスオのヤスは保という字でしたよね」と、よくご存じでした。

 今度の「がん哲学外来」は来年の3月に開かれるそうです。

 私も参加することにしました。

 万座温泉日進館は癌についてだけではなく、他のことについても社会貢献をする企業体です。

 そのことは展示物や掲示してある従業員数募集要項・ポスターなどを見ると分かるでしょう。

 ポスターの「一粒の麦」は聖書のことば。荻野吟子物語のタイトルにピッタリです。

 映画に出ている女将の子は赤ちゃんですから正に一粒の麦の役なのでしょう。

 日進館女将の宮田まいみさんはNhK放送番組審議委員
 FM軽井沢に第3日曜日の午後3時に出演。
 「回り道をしたけれど」を出版している才色兼備の方。

 万座温泉日進館はキリスト教精神に基づいて世界各国の方々が和気あいあいと働き、社会貢献をする企業体です。


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万座温泉日進館

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従業員数募集要項

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映画「一粒の麦」ポスター

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日進館女将 宮田まいみ著 「回り道をしたけれど」
 朝日新聞に「寅次郎サラダ記念日」が特集されました。

 私は「男はつらいよ」シリーズの中では「寅次郎サラダ記念日」が一番好きです。

 舞台が菅平のすぐ下の傍陽(そえひ)というところだからです。

 傍陽と隣り合って大日向という地名もあります。山国にとって日の光は宝物ですから。

 その秋の日がぽっかりと当たった山里で寅さんは一人暮らしのおばあちゃんと知り合い、楽しい一時を過ごします。

 そこへ未亡人の女医真知子(三田佳子)がおばあちゃんを迎えに来ると、おばあちゃんは病院でなく、家で死にたいという。

 そして東京から姪である由紀(三田寛子)が訪ねてくる。由紀の趣味は短歌。柴又に帰った寅さんは由紀が通う早稲田大学へ出かける。ひょんなことから講義を受ける事になるが、お得意の狼藉で滅茶苦茶にしてしまう。

 「寅さんが早稲田の杜にあらわれてやさしくなった午後の教室」など、俵万智ふうの短歌が数々詠まれます。これらはみな山田洋次監督の見識なのでしょう。

 エキストラ出演した早稲田の学生さんたちもよい記念になりましたね。

 山田監督は歴史を切り取る名人です。

 短歌ブーム・大学の隆盛・限界集落・無縁社会などを。


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9月26日朝日新聞 22面
 お隣のミカンの木のてっぺんに一つだけ実が残っています。

 言わずと知れた木守り(きまもり)ですね。

 来年もよく実りますようにと願うおまじないであるとともに、冬の間、採餌に苦労する小鳥たちにも残しておいてやろうという心づかいでもあります。

 お隣のおばあちゃんは霜や雪の降った朝など、小鳥にえさをあげている優しい方でしたから、ご家族にもそのような心が引きつがれているのでしょう。


 現代社会は新資本主義とか言って、工場は労働力の安い新興国に移し、国内では非正規社員を酷使して作ったものやサービスを買わせることで、徹底的に収奪することが当たり前になってしまいました。

 ところが、もともとこの国には人々はもちろん小鳥や小動物のことまで気遣って共存共栄を図ろうとする伝統的な思考と習慣があったのです。

 徹底的に収奪せず、回復可能な分を残すことは自分たちを守ることであると同時に自然を守ることでもありました。

 それなのに近現代の私たちは資本増殖の原理に毒され、自然を痛めつけるだけでなく、破壊しながら生きてきてしまったのです。

 放出された放射能は何万年も残り、一度上がってしまった気温はもう二度と元に戻ることはありません。

 今、パリで開かれているCOP(コップ)21では各国が二酸化炭素の排出量を牽制し合っています。
 そのことも大切ですが、もっと大切なことは、私たち一人ひとりが木守りの心を持つことでありましょう。

 この地球上の生きとし生けるものはすべて運命共同体。

 大宇宙に目をやれば地球など小さな宇宙船に過ぎない。

 その大宇宙にも小さな命が散らばっているかもしれない。

 ハヤブサ2は宇宙に残された木守りを探しているのです。


1 お隣のミカンの木
お隣のミカンの木

2 木守り
木守り