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 コロナウイルス対策のため、妻に髪をカットしてもらいました。

 自前で散髪をするのは何十年ぶりでしょう。

 なにせ、川口に住み始めてすぐ、小学生の長女の同級生の理髪店に通うようになって以来ですから。

 その長女も、もう50歳を過ぎたので。

 そのヘアーサロンダンディのマスターはカイロプラクティックと気功の達人でした。

 ヘアカットが終わるとカイロか気功か、どちらかをサービスしてくれるのです。

 カイロプラクティックは首をバキッと折るような動作をするので、私はもっぱら気功をお願いしました。

 気功は10cmほどの距離に手をかざすだけで、他には何もしません。

 それだけでカイロプラクティックと同じ効果があるのです。

 肩凝りが治り、全身が楽になって、頭もすっきりします。

 終わると、世の中が明るく見えるのが何とも不思議でした。

 今思うと、父の暴力で体が変形してしまった母が痛みを解消するため通った怪しげな治療院が気功師の家でした。

 何せ、手をかざしただけで患者が恍惚とした表情になり、歩けなかった人が歩いて出てくるのですから、子供の私が見ても何かインチキくさいと思ったものです。

 母には何度も、本当に痛くなくなったのか、ときくと、本当だ、といいます。

 その石岡の薄暗い治療院には、いつも大勢の患者が待っていました。

 ですから、気功は体験した人でなければ分らないと思います。

 私はマスターから本を借りて勉強もし、呼吸法なども教えてもらいましたが、結局わからずじまいでした。

 おそらく、集中力などの才能と独特の体質に恵まれた方だけが可能な個人差の大きい分野と思われます。

 今ではそのヘアーサロンダンディも息子さん、つまり長女の同級生に代替わりをしています。

 しかも、奥さんも同級生。

 コロナウイルスが収束したら、またお願いすることにしましょう。

 自前散髪で昔を思い出してしまいました。 


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自前散髪

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自前散髪

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自前散髪

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自前散髪
 どういうわけか、ミュージシャンにはバクチの才能を持っている人が多いのです。

 バクチの才能を私はバクサイと言っているのですが、それが最も発揮されるものは証券取引でありましょう。

 いくら高等数学や金融工学が用いられても最終的にはカンがものを言うことになります。

 先輩ミュージシャンで株価の予想に長けた方がおりました。

 自分だけではなく、他人の資産も頼まれて運用をしていたので亡くなった時にはその始末が大変だったようです。

 彼のように秀でたバクサイに恵まれないミュージシャンは主にパチプロやジャンプロになります。

 正確には半パチプロや半ジャンプロでしょうか。

 仕事がある時は音楽の仕事をしているのですから。

 ところが、才能というものは大いにして年齢とともに劣化するもの。

 それは、若年時に天才だった方が長じてごく普通の人になったり、作家や芸能人に一発屋が多いことでもおわかりでしょう。

 パチプロさんやジャンプロさんも若い時はよいのですが、年をとると哀れです。

 ミイラ取りがミイラになってしまうから。

 私の友人にも「若い時はパチンコで何百万も稼いでよかったが、今は損ばかりしていて明日の金にも困っているのに止められなくなってしまった」と言っている方がいます。

 おそらく、パチンコの音や感触、雰囲気から出てくる特異な脳内物質が理性を奪ってしまうのでしょう。

 テレビニュースを見ると、コロナウイルス規制がかかっているにもかかわらず、遠方のパチンコ屋さんへ出かける人の多さに驚いてしまいます。

 インタビューには「自分の命は自分の勝手」と答えていましたが、他人の命は気にならないのでしょうか。

 このように、劣化したバクサイは、どうすることもできなくなることが、わかっているのにカジノ誘致が国是となってしまいました。

 今なら、やめることができます。

 パチンコやコロナウイルスのようになってしまったら、もうどうする事もできません。

 もちろん、パチンコやコロナウイルスも軽症ですみ、免疫がつく人もいるのですが・・・。


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一世を風靡した元パチンコふじ 
よい時に止めました

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4/29 朝日新聞 25面 パチンコ締め付け強化
 新型コロナウイルス対策の影響で理美容店の駆け込み需要が増えているようでしたが、かろうじて自粛要請リストには入らなかったようです。

 そうか、いざとなれば、また自分でレーザーカットをしてみるか。


 私は若いころ長髪でした。

 ビートルズが世界中を席巻し、長髪でなければ若者ではないという時代だったのです。

 音楽の仕事をしていた影響もありました。ミュージシャンで短髪の人などいなかったから。

 考えてみると、この時代の床屋さんは暇だったでしょうね。

 なにせ、長髪は自分でレーザーカットするだけなので、床屋さんは必要ありません。

 10年以上も床屋さんに行かなかった気がします。

 それに対して、最近の若者は超短髪。

 しかも、剃りや刈りを入れ、うねりを入れたりして、まともな短髪はいません。

 お笑い芸人やスポーツ選手には禿げ頭に部分かつらをつけたたようなやからもいます。

 ユニークな髪形にすれば売れると思っているのでしょう。

 そのほとんどは、どう見たってかっこ良くないし、覚えも悪いのですが。

 その点を狙い最も成功したのは北朝鮮のあの方でありましょう。

 カッコイーッ!

 特に後ろから見たら最高。奇抜奇天烈賞を上げたいくらい。

 第一、床屋さんがもうかります。

 バリカンを使って刈上げるのですから。

 床屋さんのために、もっと世界中で、流行って欲しいのですが。

 そのような彼らも、みな私の年代になると、

 すべては、「若毛の至り」だったことに気がつくでしょう。


 しかし、今回の緊急事態宣言で「若毛の至り」も「うぶ毛の来たり」も、みな、つつがない日常があってこそ、と思いました。


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若いころは長髪でした
 10月 27 28日、秋季恒例のダルマ会が行われました。

 ダルマ会は鉾田市旧巴中学校昭和37年卒業者の同窓会です。

 鉾田市紅葉を出発した木村観光のバスは東京駅を経由し、到着した先は山梨県石和温泉「旅館 喜仙」でした。

 「旅館 喜仙」」の部屋は今までで利用した中で一番大きく、お料理は、特に朝ごはんが今までに経験したこともない工夫がなされていました。

 泉質も独特のもの。
 とっかかりはぬるめの単純泉なのですが、体に浸透してくると恐ろしいほどの保温力があり、いくら時間がたっても冷めません。もちろん、お肌はすべすべです。

 日本庭園のしつらえもオーナーの品格がよく反映されたもの。
 石和は水晶などを産する土地ですが、やたら値段の高い石を並べることもなく、たおやかな山々を借景にした落ち着きのある石組みでした。

 それは池の鯉の選び方にも表れていて、特別な高級なものをそろえる趣味ではなく、どんなものでも育てるという優しさを感じさせるものでした。

 さて、今回のハイライトは初めて参加してくれた久野昌美君です。

 幼少のころから実業家を目指していた久野君は鉾田一校を卒業するとすぐ、実業のメッカである大阪に行き、新聞の求人欄を見て総合商社の大沢商会に応募し、就職しました。言葉の違いと習慣の違いに圧倒されたそうです。
 大沢商会がセゾングループに買収されると、居場所がなくなり、中部電力へ。
 その後、東京電力に移籍して定年を迎えました。
 いずれも子会社を任され、何人もの職員を指揮する立場だったそうです。

 現在は自己資本の株式会社東海住設グループの代表取締役として悠々自適の生活を送っています。


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旅館 喜仙

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旅館 喜仙

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ダルマ会  2019

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ダルマ会  2019
 今日9月12日の朝日新聞「折々の言葉」は「学校へ毎日行くのは、中毒と同じだ」です。「成人が毎日職場に通うのも『中毒』?」とも。
 続いて「一度は考えてみたいこと」と言ってます。

 なので、一度考えてみましょう。

 中毒とは何らかの原因物質により機能障害をひき起こすことです。よく知られているのは食中毒でありましょう。私はよく食べ過ぎによる機能障害を起こします。つまり、それは食べ物そのものが原因物質になってしまうわけです。

 学校はどうでしょうか。教え過ぎによる機能障害を起こしていませんか。満腹なのに、食べろ食べろ、と強制されると食べることに嫌気が差してしまうのと同じだと思うのですが。

 私の母は、小学校程度の知識は兄弟姉妹が教えてくれてしまったので、学校はつまらなかったそうです。
 なので私には、ひらがな一つ足し算一つ教えてくれませんでした。都合で一年生の夏休みが 1カ月のびた私は10月になっても「ん」が読めなかったのです。

 そのくらいがちょうどよいのかもしれません。その後、ひもじさに耐えかねて夢中で食べるようになるのですから。

 次にゲーム中毒・SNS中毒など、現代的なものを考えてみましょう。

 これらはまとめてネット依存症といわれるようです。圧倒的に多いのはゲーム依存症。特にオンラインゲームは内容が常に更新され、際限なく続けてしまうとのこと。それゆえ、朝起きられない・昼夜逆転の生活・学校や会社を休む、加えて、ものをを壊す・家族に暴力をふるう、といった人格障害にも発展してしまうそうです。

 さて、私の孫は囲碁のアマチュア3段保持者。4段取得のために日夜、相手を求めてネット対戦で腕を磨いています。
 私は起きている間はほとんどインターネットを開きっぱなし。読書はもちろん、テレビを見たり、新聞を読んだりして疑問が出てくるとすぐ検索します。
 特に文章を書きはじめると1時間や2時間はたちまち過ぎてしまいます。

 孫や私はネット依存症ではないのでしょうか。囲碁や将棋は善でゲームは悪なのでしょうか。
 何らかの達成感を得たいという気持ちに変わりはないと思うのですが。

 知的障害の姉は紙やビニールを1センチ四方に切り刻むことが生きがいとなっています。それが終って満足したときの表情は私や孫のそれよりも生き生きとしています。
 それを見ると私は、負けた!と思うのですが。
 姉は私が文章を書き終ったときの何倍もの達成感を得ているのでしょう。

 勉強やスポーツで達成感を得ること。ゲームや非生産的なことで達成感を得ること。

 片方が善、もう片方が悪と、あなたは言いきることができますか。

 競輪・競馬・競艇などに生きがいを感じ、身を立てている方も多数いることでしょう。
 カジノを含めた統合型リゾート建設は国是となりつつあります。

 善と悪との判断は人間だけしかもっていない前頭前野という脳の部分の最も高度なはたらきといわれています。しかし、その仕組みは解明されておりません。
 それゆえ、脳科学者を始め、あらゆる宗教家・哲学者・芸術家にとって最も気になることなのでありましょう。

 善=悪。

 少なくとも達成感を求める脳の働きは一緒です。

 昨日の記事より、少しはお分かりいただけたでしょうか。


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9月12日 朝日新聞 「折々の言葉」