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      特別展「法然と親鸞 ゆかりの名宝」

東京国立博物館 平成館 平成23年10月25日(火)~12月4日(日)



 「法然と親鸞 ゆかりの名宝」を観てきました。

 個別の催物は50年置きにあるようですが、一緒のものは始めてとのことです。

 まず、その混み具合に驚きました。

 なんと、まあ、善男善女が多いことか・・・。

1法然と親鸞 ゆかりの名宝展

 「法然と親鸞 ゆかりの名宝」を観ながら、次のようなことを考えました。

 今年、3月11日の東関東大震災による死者は2万人近くになります。

 その上、人災ともいえる放射線による被害はこの先いつまで続くのかわかりません。

 どうしてこんなことになってしまったのでしょうか。

 この、どうして、という問いに対する答えが何としても見つかりません。

 もちろん地殻変動の理論で科学的に答えることはできます。

 しかし、身内をなくし、身も心もぼろぼろになった方への答には、そんなことではなりえません。

 この問いに対し、真摯に答えようとするものこそが宗教なのでありましょう。

 11世紀から12世紀にかけて、現在と同じようなことが起こりました。

 天変地異と共に人災ともいえる政治的混乱によって、飢餓と流行病(はやりやまい)が蔓延し、人が人を掻き喰らうことさえあったと記録されています。

 このようなとき、人はどうしたらよいのでしょう。

 それは現在の被災地でも見られるように、ただ祈ることしか方法がありません。

 ですから、この時期に、この二人の他に日蓮や道元が現れ出で、人々にあまねく宗教が広がっていったことは歴史的必然性といえるでしょう。

 また、宗教と同時に芸術も、平和でのんびりした社会からは生まれません。

 「芸術は爆発だ」の名言通り、個人的にも社会的にも、何かの力に押し出されるようにして、芸術は生まれるものです。

 そういうわけで「ゆかりの名宝」が他の時代よりも数多くあることもまた必然なわけです。

 とすると、おぼろげながら、これからの未来も微かに見えてきますね。

 今年!法然の800年忌と親鸞の750年忌が重なったことは偶然でしょうが、何か因縁めいたものを感じるのは私だけでしょうか・・・。


2 庭園を眺めながら休憩するひととき
         庭園を眺めながら休憩するひととき。
 

 展覧会鑑賞を経験した方はご存じでしょうが、観終わると全身が、くたくたになります。

 脳も身体も一つのものに極度に集中するからでしょう。

3 国立博物館の庭園と茶室
        国立博物館の庭園と茶室

 親鸞は越後流罪の赦免後、現在の西念寺(茨城県笠間市)を根拠地にして周辺の布教活動を行いました。

 私の母の菩提寺である鳥栖山教圓寺(とりのすざんきょうえんじ)にも立ち寄ったと伝えられています。

 その布教活動の結果、多くの弟子や門徒が生まれました。

 当展では茨城県・千葉県・栃木県などの親鸞の弟子たちの姿を彫像した仏像も数多く展示されております。

My HP「山河風狂」→「狂の章」→「報復の連鎖を断ち切ろう」より

          漆間時国は夜襲に遭い、散ったが
          死ぬ前に9歳の子、法然に言う。
          「敵討ちはするな、憎んで殺せば、
          その子も、また、お前を憎みつつ
          また、また、殺そうとするゆえ、
          生々世々と、殺し合いがつづく。
          すぐに、出家をして敵も味方もなく、
          誰もが救われる道を求めなさい」と。

My HP たらちねの まえがき 
国立博物館 HP 「法然と親鸞 ゆかりの名宝」