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 宮本勇さんがルリ大皿に鯉の滝登りの文様を彫刻しました。
 
 希望があふれる絵柄ですね。

 元気がもらえます。


シートのカットが終わったところ
  シートのカットが終わったところ

 ブラスト途中
ブラスト途中

 完成1

完成2
 完成2 表側から見たところ

 完成3
 完成3 表側から、皿立に立てて見ました
                 勤続疲労 

 永遠の存在とも思われる金属でさえ疲労するのですから、長年働いたひとが疲労するのは当りまえ。定年後2,3年で亡くなった同級生が何人もいます。
 そこまではいかなくても、還暦ともなれば目や耳が衰えてくることは当然で、N響をはじめとする各オーケストラ団員も60歳が定年です。
 ジャズの場合は譜面がなくても成り立つし、リーダーになってしまえば他人(ひと)の音をあまり気にしなくてもよい立場にもなることもできますが、クラシックの場合はそうはいきません。耳が遠くなり、ものがぼやけて見えてきたら、もう仕事にはならないでしょう。
 実はジャズもピアニストの場合は特殊で、カラオケ代わりにソロで歌の伴奏するときなど、三段譜を渡されることがあります。若い時はなんとかなったのですが、前記のような障害が現れてからは、さあいけません。
 先日は心やさしい主催者が照明を増設してくれたので、やっと乗り切ることができました。そんなことがあって70歳を間近に控えた私は、もうこのあたりが、頑張りがきく限界であることを悟ったのです。これからは仕事を選ばなくてはなりませんね。
 87歳で没した名ドラマー白鳥洋一さんは亡くなる2週間前まで現役でした。おそらく、ゆかりのミュージシャンやオーディエンスに温かく見守られてのことだったのでしょう。白鳥さんの人柄がそうさせたにちがいありません。
 人柄も実力のうちなのですね。


1 白鳥洋一さん
 白鳥洋一さん
 白鳥さんは時々、虚空をみつめて物思いにふけることがありました。
 そのような時は話しかけても、返事をしてくれません。 
 私も同じような癖がありますが、話しかけられると現実的なつまらない返事をしてしまいます。
 白鳥さんは日常的にすこぶるおしゃれでした。

 何年か前、すれ違うときに肩を引いたり、傘を傾げたりする江戸しぐさを守ろう、という動きがありました。今は歩きスマホが当たり前になってしまい、肩など、ぶつかっても一いち挨拶もなく、知らんふりです。
 私どもが幼いころには、江戸しぐさとともに、まだ江戸ことばが盛んに使われていました。使われる「ことば」があって、初めて「しぐさ」があったような気がします。

 今では古典落語や小津映画でしか聞かれなくなってしまった江戸ことばを振り返ってみましょう。

 私が好きなものは「いっちくだっちく」と「いかれぽんち」です。江戸ことばは下町に住む職人たちが使っていましたから、「互い違い」を意味する「いっちくだっちく」や「軽薄で間抜けな男」を意味する「いかれぽんち」などはよく使われたものです。
 「この、いかれぽんち野郎」などと言われると、むしろ愛情を感じたものでした。寅さん映画で「バカだなぁ~」が出てくる時と同じかもしれません。
 小津映画では笠智衆がよく「芝居」を「芝や」といっていますが、私が子供のころはごく普通のことでした。もちろん文法的には間違いでしょう。でもだれも、間違いだ、などという人はおりません。落語などで「女郎」を「じょうろ」ということも同じですね。
 それらのささいな間違いをゆるし、各地の方言を取り込んでしまうゆとりがあって初めて、思いやりのある江戸しぐさが出てきたように思うのですが、いかがでしょうか。


1 朝日新聞1月16日 
 朝日新聞 1/16 be
 ことばの食感 意外な東京方言
はな1

  「花の写真ニュース」は同級生の小野瀬壽(ひさし)くんが毎週発行しています。

はな2

勤めているデイサービスセンターのお年寄りたちの心の慰めになればと思い、自主的に始めたそうです。

はな3

 A3版ですので4分割にしました。

はな4

 クリックすると大画面、もう一度クリックすると最大画面になります。
花1

  「花の写真ニュース」は同級生の小野瀬壽(ひさし)くんが毎週発行しています。

花2

勤めているデイサービスセンターのお年寄りたちの心の慰めになればと思い、自主的に始めたそうです。

花3

 A3版ですので4分割にしました。

花4

 クリックすると大画面、もう一度クリックすると最大画面になります。

てがみ
 としのう(足立区都市農業公園)では冬野菜の展示栽培をしています。

 カキナは私も最近、知りました。

 北関東の伝統野菜で「佐野の茎立」として万葉集にも出ているそうです。

 掻き取っても、すぐ新芽がでるゆえ「掻き菜」とのこと。


1 カキナ
カキナ

2 ハクサイ
ハクサイ

3 広島菜
広島菜

4 シュンギク
シュンギク
   
 各地で暖冬とのことですが、足立区や川口市も暖冬異変です。

 としのう(足立区都市農業公園)ではウメが五分から七分咲き、水仙は1か月以上も前から咲いていました。

 さすがに、菜の花はまだです。

 菜の花のように見えるのは、からし菜の花ですよ。


1 八重寒紅
八重寒紅

2 八重寒紅
八重寒紅

3 小梅
小梅

4 小梅
小梅

5 水仙
水仙
  
  よみうりカルチャー川口の新井弘子さんの作品ができあがりました。

  金縁の付いているふた付クリスタル小物入れにイニシャルと花文様を彫りました。

  水色ですが被せガラスではないので透明ガラスの感覚で彫るのがよいと思います。

  もう一つは透明小皿にばら文様を彫りました。

小物入れ完成1
小物入れ完成1 底面は鏡になっています

小物入れ完成2
小物入れ完成2

小物入れ完成3
小物入れ完成3

小物入れ完成4
小物入れ完成4

小皿完成1
小皿完成1 黒い背景で

小皿完成2
小皿完成2 赤い背景で
 高倉健さんと原節子さんが間をあけず相次いで亡くなりました。

 年末から年始にかけて、お二人が出演した映画がたびたびテレビで放送されましたね。

 俳優やタレントの没後特集番組はよくありますが、このお二人に関しては今までとちょっと様子が違うようです。

 私も少し違うと思うので、そのことを考えてみました。

 お二人とも700年来の伝統美、「秘すれば花」を貫いた方なのではないでしょうか。

 「秘すれば花」に集約される考えは能役者の世阿弥が呈したものです。

 世阿弥は風姿花伝に「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」と書き「花と面白きとめづらしきと、これ三つは同じ心なり」と説明しています。

 「花」についての説明はありませんが世阿弥は役者ですから芸能美のことを言っているのでしょう。

 が、後年この考えは芸能者以外にも広がり、わびさびが好まれ、着物は裏地にこったりするような一般的な風習にまでなっていきます。

 ところが、この伝統的美感は71年前の敗戦により大逆転し、自己を誇示しアピールすることを良しとするアメリカ文化に席巻にされてしまいました。

 特にテレビの世界は、そのためには裸になることも、おバカ丸出しになることもいといません。

 そのような中、高倉健さんと原節子さんだけが、この、せつないほど美しい「秘すれば花」を守りぬいてくれました。

 現状では、もうこのような生き方をする芸能者は存在不可能ですから、二度とお二人のような方が現れることはないでしょう。

 この文章のカテゴリーは「歴史の眼 時代の目」です。

 お二人が没したことを700年来の時代の変わり目と思いたいのですが、いかがでしょうか。

 なお、「秘すれば花なり」の本来言わんとするところは「他人に隠しているものは、本当は大したものではない」ということです。
 秘伝は種明かしをすると必ずしも深遠なものではなく、ただ、珍しさや意外性によって感動を生む芸となるだけ、とのことなのでしょう。

 このことは高倉健さんの書かれた「旅の途中で」という本を読むとよくわかります。

 そこにいるのは感受性の強い少年のような心を持った一人の男、ただそれだけ。

 けれど、その「さりげなさ」は誰にもまねができません。


1 旅の途中で
旅の途中で

2 目次
目次
 小野瀬壽君の短歌が角川短歌1月号に佳作入選しました。

 嬉しいことに2人の選者が佳作に選んでくれました。なお今回の歌は私が畑仕事をしていた時に浮かんだものです。
 とのことです。

耕す手しばし止めて水飲めばトンボ飛びきて鍬の柄つかむ 小野瀬壽


1 角川短歌1月号
角川短歌1月号

2 角川短歌1月号235ページ
角川短歌1月号235ページ

3 角川短歌1月号239ページ
角川短歌1月号239ページ