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はな1

  「花の写真ニュース」は同級生の小野瀬壽(ひさし)くんが毎週発行しています。

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勤めているデイサービスセンターのお年寄りたちの心の慰めになればと思い、自主的に始めたそうです。

はな3

 A3版ですので4分割にしました。

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クリックすると大画面、もう一度クリックすると最大画面になります。
花1

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手紙
 「寝るほど楽があればこそ、世間のバカは起きて働く」と、母はおまじないのように言っていました。
 夜遅くまで縫物などをして、もう限界というときに自嘲的に言うのです。
 不器用だけれど働き者だった母にとって、睡眠は自分への精一杯のごほうびだったのでしょう。

 養老孟氏は、死も睡眠も意識がなくなるという点では同じこと、人は毎日死んで生き返るとも考えられる、と言っています。

 とすると、私は死んで生き返るのは1日1回どころではありません。
 午前午後に仮寝や昼寝をするので、1日3回か、それ以上になります。

 子供のころを思い出してみると、今以上によく眠っていました。
 いくら眠っても、これでよいということはなく、勉強など全く手がつきません。

 目が覚めると、傍らにはいつも犬と猫がいましたから、彼らと同じ時間眠っていたことになりますね。

 犬や猫は夜行性ですから昼間寝るのは当たり前でありましょう。
 もしかして、人間も発生当時は夜行性だったのではないでしょうか。
 子供や老人が、長々と昼寝をするのは、人間がまだ動物だったころのなごりなのかもしれません。

 犬や猫は食べるときだけめんどうくさそうに起き上がって、食べた後はまた長い間寝ています。

 もっとも、ナマケモノは1日中寝ているし、熊は何カ月も冬眠をします。

 それでは生きている意味がないのではないかと思うのですが、逆に生きているから眠れるのであって、死んでしまったらもう眠れなくなる、とも言えますね。

 冬眠している熊にも薄い意識はあるようです。
 人間も、達観した高僧などは薄い意識の中で生きているのでしょうか。

 眠りは意識できる世界ではないけれど、無意識の世界でもないような気がします。

 この世は夢よ、とよく言われます。「邯鄲の夢」や「南柯の夢」など、中国故事にもよく出てきます。確かに、夢の中の暗示と同じ人生を歩んだ人もいたことでしょう。

 それに、70歳を過ぎると時間の短縮感が尋常ではありません。今までの人生がまるで夢のようです。失敗も成功もみな夢の中の事、と考えると、心安らかになります。

 しかしながら、まだ生きていかねばなりません。
 それには半覚醒のような人生を目指すとよいかもしれません。
 半覚醒のような人生こそ、泰然自若・不撓不屈・無為自然の生き方につながるのかもしれませんから


1 眠り猫
眠り猫
    凡人として生きるということ

       押井守      幻冬舎新書090


1 凡人として生きるということ


 押井守(おしいまもる)氏は 1951年東京生まれのアニメーションを主とする映画監督です。

 映画製作者は自然科学と社会科学を融合して同時に使える能力をもっていないと成功しません。

 特に人間学とも言うべき社会科学の分野は彼らにとって必須のものです。

 映画は一人の天才が作るものではなく、大勢のスタッフの共同作業でつくるもの。

 優れた監督とはキャストやスタッフの能力を瞬時に見極め、最大限に引き出すことができる人のことでありましょう。

 これら、人を見る目の実践行動には人間学が欠かせません。

 そしてそれは映画製作だけではなく、社会全体を見る目にも生かすことができます。

 彼はこの複雑な日本社会を 95パーセントの凡人と 5パーセントの支配層で構成されていると分析しました。

 そして、一見5パーセントの天才が支配しているようにみえる日本は、実は95パーセントの凡人によって動かされていると喝破します。

 その内容は目次を見ると大体見当がつきますが、本文を読むことによって誰もが確信をもつことができるでしょう。

 特に「民主主義という危険なシステム」、あとがきの「今こそ言葉が大切な時」は必読の価値があります。

 ぜひ、お手にとってお読みください。


2 目次
目次

3 目次
目次

4 目次
目次

5 民主主義という危険なシステム
民主主義という危険なシステム

 林敬子さんは赤い丸型ぐい吞みを作りました。
 
 両側に花模様をあしらい、すっきりとした出来上がりです。

 山田順子さんはルリ色の8オールドグラスに犬と花模様を彫りました。

 上部と底部分を少し残して、可愛らしい出来上がりです。


シートのカットが終わったところ
  ぐい吞み シートのカットが終わったところ

シートのカットが終わったところ2
  ぐい吞み シートのカットが終わったところ

ブラスト完成
  ぐい吞み ブラスト完成

ぐい吞み完成1
  ぐい吞み 完成

ぐい吞み完成2
  ぐい吞み 完成
      
 「塩の道」とは千国街道(ちくにかいどう)のこと。松本から糸魚川までの旧道です。今では立派な国道やJR大糸線が通っているのですが。

 塩の道は縄文時代にはすでに通じていたと思われます。和田峠の黒曜石や姫川の翡翠などはこの道がないと全国に運ぶことができないですから。
 出雲大社と諏訪大社の巨木文化もこの道を往来したのでしょう。
 その後、様々な生活必需品が流通するようになり、その中の最も大切なものが塩なのですからこの名前は当然のことです。
 謙信が信玄に贈った塩も、もちろん、この道を通ったことでしょう。

 白馬地区は、この塩の道の、ちょうど中間地点になります。そして、この一帯には温泉が多いですから、おそらく、古代の旅人も湯につかりながら癒しの一時を得たにちがいありません。
 そのようなことに思いを馳せながら、塩の道温泉 倉下の湯を訪ねました。

 倉下の湯はアルカリ単純泉の多い近隣の中では珍しくナトリウム塩化物・炭酸水素塩温泉です。要するに塩を含んでいるとのこと。まあ、このことと塩の道との関係は偶然でしょうが。あと、茶褐色で鉄の匂いもぷんぷんします。

 源泉は48℃と示されていますが、体感温度はかなり、ぬるめ。湯船はたっぷりと顎までつかる深さです。

 特徴として、内湯はなく、屋根が半分かかった露天風呂だけ。そして湯船からも、休憩室からも八方尾根を手に取るように望むことができます。

 なお、建物はすべて天然木が使われ、かなり年期も。私は、味わい深く風情がある、と思うのですが・・・。

 時間のない方にはお勧めしません。ぬるいお湯にゆっくりとつかり、休憩室で飲み物をとってから、もう1度湯につかる。そのような余裕のある方には最適でありましょう。


1 塩の道温泉 倉下の湯
塩の道温泉 倉下の湯

2 休憩室
休憩室

3 2階休憩室
2階休憩室

4 屋根のかかった露天風呂
屋根のかかった露天風呂
        白馬岳周辺の花


1 イワカガミ
1 イワカガミ

2 テングクワガタ
2 テングクワガタ

3 チングルマ
3 チングルマ

4 ナナカマド
4 ナナカマド

5 タカネツメクサ
5 タカネツメクサ

6 チシマギキョウ
6 チシマギキョウ
    
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勤めているデイサービスセンターのお年寄りたちの心の慰めになればと思い、自主的に始めたそうです。

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 クリックすると大画面、もう一度クリックすると最大画面になります。
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  「花の写真ニュース」は同級生の小野瀬壽(ひさし)くんが毎週発行しています。

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勤めているデイサービスセンターのお年寄りたちの心の慰めになればと思い、自主的に始めたそうです。

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A3版ですので4分割にしました。

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手紙
 白馬大池山荘を出たときから雨模様です。

 出発を躊躇している方も多かったのですが、傘をさして5時半に出ました。

 風がなければ傘は快適です。

 「山で吹かれりゃよ~若後家さんだよ~」という歌のとおり、恐ろしいのは風ですから。

 小蓮華岳への登りは花崗岩が風化したフリクションの良い道なので傘をさしても安心です。

 小蓮華岳は白馬岳を大蓮華岳と言っていたころから一対の山として大切に思われてきました。

 雨は降ったり止んだりです。天気が悪いと雷鳥がハイマツ帯から出てきてくれるので悪いことばかりではありません。天敵に狙われにくいからでしょう。

 白馬岳から少し下った白馬山荘で大休止をしました。

 さあ、いよいよ白馬大雪渓の下りです。

 大雪渓は殆ど登りに使われ、下りのルートを選ぶ人はあまりいません。

 どうしてでしょう。滑るからです。ところが、私はスキーヤー、滑るのが大好き。

 スキーを付けないで靴だけでも少しは滑れます。

 棒切れがあればグリセードや又セードもできるのですが。

 コツは足をそろえないこと。テレマーク姿勢といって足を前後にずらすことで安定します。

 小雨の降る中、傘をさして、2m・3m刻みに滑っていると、アイゼンを付けた重装備で登ってくる団体さんが拍手をしてくれました。

 ところが、調子に乗りすぎ、足がそろって尻もちをつき、そのまま尻セード。赤恥をかきました。

 尻もちだから良かったようなもの。もし、転倒していたら擦り傷ぐらいは負ったでしょう。

 私は血液サラサラの薬を飲んでいるので、止血用紙・スポーツテープ・固定紐などを携行しています。

 水晶小屋で2つの布団に3人で寝た時の隣の方が、私と同じ方法で止血していたので驚きました。岩角で切ったとのことです。ちなみに私は、その時の4泊5日で膝がしらに蚊に刺されたほどの傷を1つ付けただけでした。

 白馬尻小屋に着いたのは1時半。ラーメンがないのでうどんを食べました。

 白馬尻小屋は雪崩のため、毎年、組み立てと解体を繰り返す小屋として有名です。

 猿倉で10分ほど待つと、白馬八方へのバスが。

 2時間に1本ほどしかないので幸運でした。

 ちなみに、全行程を通じて、傘をさしてアイゼンなしの夏靴の人は私の他におりません。

 会う人ごとに、寒くないか・滑らないか・カッパはないのか、と言われましたが、ちょうどいいです・滑ります・カッパも持っています、などと答えました。

 たぶん、奇人変人の部類に思われたのでしょう。

 危険な場所ではしっかりとキックステップをして降りたのですが・・・。


1 雨模様
雨模様

2 小蓮華岳
小蓮華岳

3 雷鳥
雷鳥

4 白馬岳
白馬岳

5 杓子岳
杓子岳

6 白馬大雪渓
白馬大雪渓