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 宮本勇さんがガラスの粉を吹き付けたパウダーグラスに彫刻しました。

 ピンクと黄緑色の2色セットです。

 いわゆる被せグラスとは違い、ガラスの粉は薄く吹き付けてあるので、直ぐに削れます。

 花模様を前後に、両脇は残しました。


シートのカットが終わったところ1
  シートのカットが終わったところ

シートのカットが終わったところ2   シートのカットが終わったところ

完成1
  完成

完成2
  完成

完成3
  完成

完成4
  完成
     まっかっか


    つた もみじ うるし

    からすうり 山ぶどう ひがん花

    まっかっか

    さくら葉 赤とんぼ たき火

    ナナカマドに夕やけ雲が

    まっかっかの秋

    ニッポン中が まっかっか

    ナナカマドと夕やけが交ざりあう

    まっかっかの空

    茜色 朱色 紅色 緋色 

    染まっている 染まっている

    どういうわけで なんのために

    まっかっかの地球

    炎の輝き 太陽の最後の

    はやぶさ 2からも見えるだろう

    まっかっかの地球

    だれに見せているのだろう

    だれに見てもらいたいのだろう



1 まっかっか
まっかっか


2 まっかっか
まっかっか
 吉池さんの案内で善光寺に参詣しながら善光寺の成り立ちを考えてみました。

 善光寺の山名は本多(本田)善光という人物名に基づいています。善光(よしみつ)は推古天皇10年(602年)に大阪から元善光寺に本尊を勧進し、その後善光寺にも勧進したとのことですから、すでにそのとき善光寺には仏教以外の宗教施設が整っていたのでしょう。

 以下の要素を考えてみると、勧進以前にはアミニズムの大きな信仰の対象になっていたと思えてなりません。

 善光寺は、現在は天台宗と浄土宗が宗教行事をとり行なっているが、正式には無宗派。

 7年ごとに行われる回向柱(えこうばしら)は出雲大社や諏訪大社の巨木信仰と酷似。諏訪大社の御柱祭も7年ごと。

 善光寺は社殿建築と同じく正面・南面が切妻破風。殆どの寺院は上部切妻破風を左右にした入母屋造で正面・南面を大きく見せる。

 などから考えてみると、出雲族や諏訪族、安曇族や弥彦族など、縄文時代から弥生時代にかけての一国とも思える一族の信仰の対象としての古代神殿だったのではないでしょうか。

 境内近くのそば店で吉池さんと銘酒を酌み交わしながら、そんなことを考えました。


1 善光寺参道
善光寺参道

2 善光寺正面・南面
善光寺正面・南面

3 善光寺側面・東面
善光寺側面・東面

4 酒蔵西の門
酒蔵西の門

5 銘酒西の門
銘酒西の門

6 そば
そば
はな1

  「花の写真ニュース」は同級生の小野瀬壽(ひさし)くんが毎週発行しています。

はな2

勤めているデイサービスセンターのお年寄りたちの心の慰めになればと思い、自主的に始めたそうです。

はな3

A3版ですので4分割にしました。

はな4

クリックすると大画面、もう一度クリックすると最大画面になります。
花1

  「花の写真ニュース」は同級生の小野瀬壽(ひさし)くんが毎週発行しています。

花2

勤めているデイサービスセンターのお年寄りたちの心の慰めになればと思い、自主的に始めたそうです。

花3

A3版ですので4分割にしました。

花4

クリックすると大画面、もう一度クリックすると最大画面になります。

手紙
 めっきり寒くなってきましたね。気温がひとケタになると温泉が恋しくなってきます。

 最近は通りすがりに入れる温泉がずいぶん増えてきました。地方自治体や第3セクターが運営する日帰り温泉です。

 「小野上温泉 さちのゆ」はそのような施設の先駆けとなったもののようです。

 日本シャンソン館のある渋川市は大都市ですが、吾妻川沿いをさかのぼって小野上(おのがみ)辺りまで来ると、今まで開けていた河畔も狭まり、低山に囲まれた静かな雰囲気の里となります。

 稲刈りの終わった田んぼを過ぎると「さちのゆ」がありました。

 駐車場には100台ほどの車が止まっていましたが、それでもスカスカの感じですから、何百台も停まれるでしょう。

 源泉は46度。ということは掛け流しにするとちょうど良い温度になりますね。ヌルヌルしているので、いわゆる美人の湯のアルカリ泉と思われます。小さな庭園を配した露天風呂や浴室付個室なども。
 410円でこれだけ上質な温泉施設を利用できることはめったにありません。

 何よりもカラオケがないのが最高。だみ声や金切り声をいや応なしに聴かされては安らぎにならないですから。

 ひたすら体をあたため、心をあたため、日々のひと時をあたためるという上質な癒しや憩いを提供しています。

 上州人らしい清廉さを感じさせる好ましい温泉でした。


1 小野上温泉
小野上温泉 さちのゆ

2 小野上温泉
小野上温泉 さちのゆ

3 小野上温泉
小野上温泉 さちのゆ

4 小野上温泉
小野上温泉 さちのゆ

5 小野上温泉
小野上温泉 さちのゆ

6 小野上温泉
小野上温泉 さちのゆ
 日本シャンソン館はシャンソン歌手の芦野宏氏が渋川市の自宅敷地に殆ど自費で建設したもののようです。

 私は銀座に2軒あった「ボヌール」や「かえるたち」、新宿の「地下牢」、吉祥寺の「おおシャンゼリゼ」や「楽屋」それに浦和の「泥棒貴族」などでシャンソンの伴奏をしていました。

 そのころ、シャンソンの仕事はジャズよりも少しだけギャラが高かったのです。それでもジャズメンはあまりシャンソンを弾きたがりません。嫌いなのか。できないのか。
 シャンソンのアンニュイな感じはジャズのブルーな感じと共通していると思うのですが、音楽的には全く違うもの。それを良しとするか否かでやるか、やらないかが決まってくるのでしょう。

 私はシャンソンでよく使われる分散和音的なアドリブをジャズでもやってしまうほどシャンソンが好きです。ジャズでは初歩的ということで嫌われるのですが、逆にその中で自己表現するということは容易なことではありません。

 ということで、日本シャンソン館にはテレビ放送をしているころから近親感を思っていました。

 渋川はスキーや温泉に行くときに数えきれないほど通ります。それなのに今回やっと日本シャンソン館に立ち寄ることができました。高速道の渋川伊香保インターを出てすぐのところにあるのですが。

 日本シャンソン館には大きな欅の木が一本残っています。かつては広大な屋敷林だったのでしょう。その中にフランス風の種々な建物があり、池まで作ってあります。池に注がれている水は湧き水なのでしょうか。

 メインの建物には展示室とコンサートホールがあり、今でも土日祭日などには演奏会が開かれるとのこと。

 旧知の方が出演するときに、ぜひもう一度行ってみたいものです。


0 日本シャンソン館
日本シャンソン館

1 日本シャンソン館
日本シャンソン館

2 日本シャンソン館
日本シャンソン館

3 日本シャンソン館
日本シャンソン館

4 日本シャンソン館
日本シャンソン館
    
 川口市美術展が11月18日~25日、川口駅西口のリリア1階展示ホールで開催されています。

 題名「水芭蕉の頃」で尾瀬の風景を描いた油絵作品が入選しました。

 工芸部門では、ガラス工芸で安藤幸恵さんの作品2点が入選です。


看板
  看板

会場風景1
  会場風景

会場風景2
  会場風景

会場風景3
  会場風景

水芭蕉の頃
   「水芭蕉の頃」 市村静枝(油絵40号)

作品の前で
   渡辺さんと佐藤さんが観に来て下さいました。

ガラス
  ガラス作品 安藤幸恵さんのステンドグラス2点
 長野市の藤屋御本陣で行われた「滝むつみと信州シャンソンパーティー vol.14」に行ってきました。

 藤屋御本陣は加賀藩前田家の参勤交代時の常宿となっていたという由緒あるホテルです。明治時代には鹿鳴館のような建物でした。内装は総ケヤキ造り、絵画や置物を含め文化財そのものです。何せ国の登録有形文化財ですから。

 私は銀座のシャンソン喫茶ボヌールで滝むつみさんをはじめ、金子ゆかりさんや仲代達矢の弟の圭吾さんなどの伴奏をしていました。その時はわからなかったのですが、最近になって滝むつみさんとお互いに長野に深い縁があることが分かり、旧交を温めるようになったのです。

 今回のコンサートはいつもの伴奏陣の高島さん・角田さんをはじめ、初々しい汐入規予さん・ベテランの小平汀子さん・いつもパリ祭に出演しているパトリックさんなど豪華なゲスト陣を加えたものでした。

 滝むつみさんはオーディエンスに手拍子やコーラスを求めたり、マイクコードを伸ばして客席を廻りながら歌うなどします。平坦になりがちなコンサートを盛り上げ、変化をつけることを長年の経験で身につけたのでしょう。ベテランの技に敬服しました。

 コンサート終了後には任意の出席者によるディナーパーティーが行われました。一流企業のオーナーの方々や音楽関係の方々、フランス語の先生などと楽しい一時を過ごすことができました。

 これもみな段取りをつけてくれた吉池さんのおかげです。感謝感謝!


00 藤屋御本陣
藤屋御本陣

0 藤屋御本陣
藤屋御本陣

1 パンフレット
パンフレット

2 滝むつみと信州シャンソンパーティー vol.14
滝むつみと信州シャンソンパーティー vol.14
      
 小野瀬壽君の短歌が透明角川『短歌』11月号に掲載されました。

 私の歌が角川『短歌』11月号に掲載(237ページ)されましたのでこれまで掲載していただいたことに御礼を申し上げるとともにテキストを送って報告させていただきました。

故郷は「お」の字をつけて女(ひと)を呼ぶ祖母はおいちで母おせつさん

 私の故郷の鉾田町青柳では女性の名前に「お」の字をつけて呼んでいました。

 「お」は尊称。そのあと「子」が尊称になったのですが、次第に普通になり、今はもう尊称はありません。孫の花ちゃんは昔だったら「お花ちゃん」、いいですね!


角川『短歌』11月号
角川『短歌』11月号

角川『短歌』11月号(237ページ)
角川『短歌』11月号(237ページ)