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 今日の菅平高原は関東大学ラグビー開幕戦で大騒ぎ。道路には100mごとに案内人がいて駐車場や宿泊所を紹介しています。

 私は全く関係なく、根子岳に登りました。
 朝の気温は15度。これがこの地の何よりの御馳走です。
 ラグビー関係者も一安心でしょう。東京の気温だったら死者が出てもおかしくありません。

 根子岳は夏の花と秋の花が同居していました。
 夏の花の代表はマツムシソウ。
 菅平のマツムシソウは特に美しく、スキーゲレンデはマツムシソウで埋め尽くされます。

 秋の花の代表はウメバチソウ。
 花の100名山を著わした田中澄江さんはそれぞれの山を象徴する花を一つ上げています。
 根子岳のそれはウメバチソウです。

 アキノキリンソウやヤマハギは山麓から中腹に、エゾリンドウやガンコウランは山頂近くに見られました。

 また、マルバダケブキやハンゴンソウの群生地は年々広がっているような気がします。
 ハンゴンソウは帰化植物なので、よくないことかもしれませんが。

 私が一番好きなものはワレモコウ。ワレモコウは花なのでしょうか。花でなくても構いません。とにかく可愛いいのです。


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ヒメシャジン

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ヤマハギ

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ヤナギラン

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ヤマハハコ

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マツムシソウ

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タムラソウ
  
 よみうりカルチャー川口の羽田洋子さんが金赤タンブラーを仕上げました。

 桜の花びら文様です。

 グラス全体に花びらを散らし、被せてある金赤はうっすらと残しました。

 羽田さんの人柄のような優しいグラスになりました。


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シートカット完了

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シートカット完了

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ブラスト途中

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ブラスト途中

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完成
     悪い子なんかいないんだ

      原保雄       柏樹社


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悪い子なんかいないんだ


 著者は原保雄先生。私が中学2年の時の担任です。私は原先生に作文のイロハとそれに伴う物の考え方を教えていただきました。原先生がいなかったら私の人生は違うものになっていたと思います。

 8月25日の「人生一編読書万編」で、精読する一冊を見つけるには100冊の乱読が必要、と書きました。この「悪い子なんかいないんだ」はその10倍の1000冊を読んで、やっと見つけることのできる1冊でありましょう。
 それほど濃い内容がつまっていますから、どこかを切り取って考えを述べることは不謹慎とも思われるのですが、皆さんにお知らせするためなので、どうかお許しください。

1ページ
 「はじめに」の 冒頭から度肝を抜かれます。
 育児は育自であり、教育は共育である
 小・中・高・養護学校などを務めあげられた原先生の結論でありましょう。 
 「はじめに」では、高校が高校の数だけ序列化している、ということを最大の問題ととらえています。中学の問題や塾の問題もそこから派生し、教師も親もそれに振り回されているとのこと。学校教育が知識編重主義に陥っている弊害が噴出、コミュニティーの崩壊が学校や家庭まで、など取り上げるべき問題点が指摘されています。
 そして、この本の全体像が。
 本書は、全体としてはその時々に私が発言してきたものでなりたっています。
 1 子供を追いつめたのは誰か。「悪い子なんかいない」私はそう絶叫したい気持ちです。
 2 子供と教師の魂の触れ合い。
 3 人の悩みとかかわるということ。「存在は行為に先行する」。 doingよりもbeing。
 存在=その人の人格、人間性、価値観、生き方、あり方。
 行為 =その人の言葉、態度、方法、業績、技術。

30ページ
 PTAの役員になり手がいないこと、生徒会の役員や学級委員にもなり手がないことが。
 まさに学校は社会の縮図なのですね。身勝手という民主主義の危機がここまでとは。

41ページ
 「ホテル家族」という言葉を知りました。
 それぞれが部屋をもち、それぞれがテレビ、ステレオ、カラオケ、ビデオとむかい合っている。そこでは家庭のだんらん、ぬくもり、あたたかさはどうなっているのであろうか。
 
66ページ
 人間を大切にすることを教える、いのちの畏敬を教える。これこそ、私は学校教育にしろ家庭教育にしろ、変わらない教育の本質であり、子供を導く、また人間の生きるべき、最低にして最高の価値観であると思う。価値観の基本にあるべきものである。
 そうした人間の心をもった人間を育てる、これは親になった父母の大切な役割だと思う。

93ページ
 「ある長欠児童との出会い」は涙なくして読むことはできません。
 原先生は私が中学2年の時も長欠児童をおろそかにしませんでした。学級委員だった私を連れて二人の児童の家を訪ねたのです。
 男の子のほうは家にいなくて会えません。親は口を濁していますが、どうやら働きに出しているようです。
 女の子のほうは病弱なうえ、今でいう学習障害でしょうか。お母さんは学校に行かせたいようですが、自身は全く行く気がありません。その後も何度か出かけましたが二人でとぼとぼと帰るばかりでした。
 このようなことを踏まえての「ある長欠児童との出会い」だったのでしょう。そこには先生が担任だった1年間だけ辛うじて登校した生徒との危機迫る日々が記されています。
 まさに聖書でいう「迷える子羊」の実践でした。

107ページ
 「ある対話」には私も散々お世話になった赤ペンでの生徒とのやりとりが記されています。
 迫害を受けた文集「スクラム」は私たちのあとに担任したクラスのものでした。発禁を図った人物は原先生の紹介で高校生の私が家庭教師をしていた女の子の祖父でした。なんという巡り合わせでしょう。
 そして、その発禁を阻止したのは原先生ではなく、生徒たちであったことを先日のお手紙で知りました。先生もすごいが、生徒たちはもっとすごい。驚きました。

135ページ
 「ちえおくれの子らとともに」の冒頭には
 私は自ら求めてはいった世界であるのに、かく苦しみ、悩み、迷っている。
 これはそのわずかに教育の真実を求めて生きようとしている、その記録である。
と。

 養護学校の寄宿舎舎監長となった原先生は間もなく体を壊してしまいます。それはそうでしょう。知的障害の姉たった一人と同居するだけで、私も妻も健康を維持するのが、やっとなのですから、60人もの養護児童の責任者となって、24時間生活を共にしたら精神がやられ、体はズタズタになってしまうでしょう。

 最大の問題は IQ測定不能から IQ 70のまでの児童が、ごちゃまぜになっていること。
 IQ70だと運転免許をとれる方もいるそうですから、赤ちゃんと大人を同じに扱っているような施設です。これはもうマンツーマンで養護をしても追いつかないでしょう。それを12人の寮母と7人の舎監でカバーしなければならない。単純計算で1人が3人以上の面倒を見ることになります。これが先進国と言われるこの国の現状なのですね。
 民主主義は多数決ですから少数派は切り捨てることが原則です。その切り捨てられた少数の人をどのようにフォローしているかが、その国の民主主義度を測る目安になります。

151ページ
 ちえおくれの子らが養護学校に入学するのは、普通児が公立学校に入学するよりも競争率においてむずかしく、入学できなければ行くところはないのである。
 私の姉もそうでした。50歳を過ぎた姉が母親の手に余り、私に養護方針がまかされました。でも大人の養護学校はありません。3年ほどかかってやっとNPO法人の養護施設に特別に入れることになりました。そのメダカストリームで名前を書くことを覚え、1000円以内の買い物をすることも教えていただきました。今は週4日デイサービスに行っていますが、その介護施設でさえ「学校、学校へ!」と言って、はばかりません。学校に行けなかった分、よほど学校に未練があるのでしょう。

154ページ
 いわゆる教育された人間が人間らしくなくて、教育されない人間の方が人間らしいということはいったいどういうことなのか。
 これは私が反面教師としてよく言う、大学なんか出たらバカになる、ということでありましょう。特に芸術やスポーツは教えられるものではありません。教えるとかえって芽を摘んでしまうことになります。生き方も。
 こうなると、先生のいう育自と共育を生徒に感じてもらうことしかできますまい。

157ページ
 真に子供の側に立つ、相手の立場になるということはどういうことなのか? ちえおくれの子らの教育の小さな窓を通してみても考えることは多い。
 ゆめゆめ教師は教育の名において、動物の飼育や、小さな機械づくりに、生徒をして、ますます孤独や人間不信に追いやることになってはならない、と私は自らをいましめるのである。

164ページ
次に示すのは私が教師として一貫して生徒に示してきた級訓である。
 「ひとりの喜びをみんなで喜び
 ひとりの悲しみをみんなで悲しむ
 ひとりの問題をみんなで考える
 みんながみんなでよくなろう」
 私が中2の時の級訓もこれでした。今でもはっきりと覚えています。もちろん暗唱できますよ。
 
 私は8月8日の「原保雄先生のその後」で、おもに60歳で退職なされた以後の消息をお知らせしました。
 この「悪い子なんかいないんだ」に書かれている文章のほとんどは、それ以前の現役時代に機関紙や雑誌に乞われて書いたものです。それだけに何とも言えない現場のにおいというか生々しい雰囲気があふれています。
 この、うそいつわりのない真摯な文章を読みながら私は、困惑し、嫌悪し、驚き、愕然とし、悲しみ、怒り、興奮。
 感情移入して散々泣いたあとに湧いてきた感情は、信頼、期待、安心、喜び、感謝、希望、そして尊敬と憧れでした。
 私は本当に原保雄先生の薫陶を受けることができて、しあわせ者です。
 
 原先生の人生を整理してみると、政治的には民主主義の下支え、経済的にはボランティア、社会的には名利を求めず、宗教的には自己犠牲、その生き方は宮沢賢治のいう「そういうもの」。一切の見返りを求めず「雨ニモマケズ」そのまま。
 私は中学2年生の時、この世で一番価値あるものはダイヤモンドと思う、と作文に書きました。
 その探していたダイヤモンドとは原保雄先生だったのです。


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目次

 小野瀬壽君の短歌がNHK『短歌』8月号に掲載されました。

 私の短歌がNHK『短歌』8月号に掲載(66ページ)されましたので、これまで掲載していただいたことにお礼を申し上げるとともにテキストを送って報告させていただきました。

借りた傘を返しに行けば俄雨(にわかあめ)にまた傘借りてバス停に立つ

 若い頃、傘を返しに行ったら俄雨が降ってきてまた傘を借りてバスで帰ってきました。そんな昭和の時代の人の優しさが嬉しかったです。

 あのころの傘は貴重でした。借りた傘はわざわざ返しに行ったものです。今はそこここに、まだ使える傘が捨ててあり、借りた傘を返す人もあまりおりません。


NHK『短歌』8月号
NHK『短歌』8月号

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NHK『短歌』8月号(66ページ)
はな1

 「花の写真ニュース」は同級生の小野瀬壽(ひさし)君が毎週発行
しています。

はな2

勤めていたデイサービスセンターのお年寄りたちの心の慰めになれば
と思い、自主的に始めたそうです。

はな3

A3版ですので4分割にしました。

はな4

クリックすると大画面、もう一度クリックすると最大画面になります。
花1

 「花の写真ニュース」は同級生の小野瀬壽(ひさし)君が毎週発行
しています。

花2

勤めていたデイサービスセンターのお年寄りたちの心の慰めになれば
と思い、自主的に始めたそうです。

花3

A3版ですので4分割にしました

花4

クリックすると大画面、もう一度クリックすると最大画面になります。

手紙
 今日の朝日新聞に「想像力が人生切り開く 浅田次郎さん、読書を語る」との記事が掲載されました。

 読書は勉強だと思わず、本で遊ぶことが大切、今で言えば、ゲームソフトの山の中に入ったという感じで。

 ということは、まず乱読を推奨しているのでしょう。乱読は精読につながりますから。
 100冊ほど乱読すると精読する一冊が見つかります。
 よく、誰かさんが勧めるこの一冊、のような記事を目にしますが、私は納得したことがありません。
 どうしても自分で探さないと満足できないのです。

 小説の効用って想像力の涵養(かんよう)です。

 単に文章を目でなぞっただけでは何の感慨もわいてきません。
 頭を働かせて想像して初めて場面や筋道が理解できるのです。
 テレビや漫画は想像する前に画面や絵が出てきてしまうので「想像力の涵養」にはなりません。

 ものを考える想像ができていないと、ものを作り出す創造ができない。創造はものを作り出すだけでなく、、自分の人生を作り出していくことにも大きく関わります。

 その通りでありましょう。創造は目に見えるものを作り出すことだけではありません。むしろ目に見えないものを創造することこそ、その神髄でありましょう。人生の創造とは正にこのこと。

 今でも僕は 1日4時間は読書し、年間300冊は読みます。

 年間300冊を読破する方は作家でなくても、けっこうおります。
 女優でミムラから改名した美村里江(みむらりえ)さんは住まいの他に読書室兼書庫のマンションを別に持っているそう。
 週刊ブックレビューの司会をしていた児玉清氏は自宅がまるで図書館のよう。可動式の書架がいくつもあるとのこと。
 同じ週刊ブックレビューによく出ていた中江有里さんも有名な300冊女優。
 芦田愛菜さんに至っては小学生の時から年間300冊を読破していたそうです。

 私はというと、実は私も年間 300冊は超えています。
 40年ほど前に一家6人で川口市に住むことになったとき、それまで持っていた軽トラック1台分ほどの本を全部処分しました。
 それ以来、図書館通いですが、その記録が 1年ごとにまとめて全部残っています。

 山登りは一つの山に登ると、そこから見える隣の山も登りたくなります。読書も同じで本を読むと、その中や末尾に出ている本が読みたくなります。

 これらのことを記事の中で浅田次郎氏は、
 一つのものから次の星、次の星に行けるように宇宙が開ける。この面白さを早いうち方から経験していただきたい。それが人生を開き、将来の底力になります。
 と、記しています。

 私はこの読書案内カテゴリ名を「人生一編読書万編」としていますが、浅田次郎氏は「人生一星読書万星」といいたいのでしょう。
 読書で宇宙が開ける。現実にはハヤブサ2がありますが、哲学の宇宙・医学の宇宙・昆虫の宇宙・海の宇宙、そして人生の宇宙、行く先に限りはありません。


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8月25日 朝日新聞 26面 「想像力が人生切り開く」
 子供のころ、OMちゃんという聾唖者(ろうあしゃ)がおりました。

 OMちゃんといっても 40歳ほどのおばさんですが、近所のだれもがそう言っていました。

 必ず、必ず、木喰仏のような笑いを浮べながら、1日に1回、わが家の前を通ります。

 珍しく、その仏様のような笑顔がなかったある日、OMちゃんは幼い私に話しかけてきました。

 「あ、あー、あっ、あ~、あ゛ー、あぅー、あ゛ぃ~、あーぇあ゛~」

 何を言ってるのか、さっぱりわかりません。

 お天気のことでも言っているのかと思い、「あったかいね」と言ったのですが通じていないようです。

 当たり前ですが日本語で何を言っても通じません。

 仕方なく、私も「あ、あー、あ~」と言ったのですが。

 そしたら、急に怒り始めました。聞こえてないはずなのに。

 凄い見幕で「あ、あー、あっ、あ~、あ゛ー、あぅー、あ゛ぃ~、あーぇあ゛~」と前と同じようなことを言います。
 
 私には同じようにしか聞こえないのですが、明らかに怒っていることがわかります。

 馬鹿にしたつもりはないのですが、ごめんなさい、ごめなさいと言って逃げかえりました。

 私は今でも思い出します。OMちゃんは何を言いたかったのだろうと。

 今のように個別教育が進んでいれば、手話を習ったり、発声教育を受けたりして、言いたいことを言えたのだろうに。

 知的障害の私の姉は 60歳を過ぎてから自分の名前を書けるようになり、1000円以内の買い物もできるようになりました。

 丁寧に教えてくれる方がいれば、いくつになっても人は進歩するものです。たとえ障害者でも。

 今日の朝日新聞記事 【あ゛~】 を読みながら、幼き日のできごとを思い出しました。

 記事には「だみ声などの音を、濁点によって明示した」とありますが「幼き日のできごと」を経験した私には、もっともっと深い表現が隠されているような気がしてなりません。

 おそらく、「あ~」や「あ゛~」は人類共通の言語であり、もっとも表現力の多彩なもの、と言えるでしょう。

 なお、OMちゃんを覚えている方は既に片手で数えるほどしかいないと思いますが「OMちゃん」の表記で必ずわかると思います。


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8/24 朝日新聞 be 3面 【あ゛~】 表記上のすぐれた発明
  宮本勇さんが足付色グラスに彫刻しました。

 被せガラスではありません。

 オレンジ色の色付きガラスです。

 木の葉文様をデザインしました。

 グラスは同じものですが、1つは浮き彫りに、もう一つは沈め彫りにしました。


シートカット完了1
  シートカット完了

シートカット完了2
  シートカット完了

シートカット完了3
  シートカット完了

完成1
  完成

完成2
  完成

完成3
  完成

完成4
  完成
    がん哲学外来へようこそ

    樋野興夫         新潮新書 655


とがん哲学へようこそ(1)
がん哲学外来へようこそ


  「がん哲学外来へようこそ」は恩師原保雄先生が活動をしている「がん哲学外来」というボランティア団体のバイブルともいえる本です。

 著者の樋野興夫(ひのおきお)氏はもちろん、がん専門の医学博士ですが、がんは、医学的処置だけでは患者や家族を救うことができないと思ったそうです。

 また、健康な方でも親類や友人が、がんになった時、なんと声をかけたらよいのか分かりません。

 私もそうでした。
 同級生の新堀君はあまりにも急激な進行がんで声をかけることもできませんでしたし、田口君の場合も、お見舞いに行ったのはよいけれど、なんといって声をかけてよいのかわからないのです。
 いつもそばについている同じ同級生の弘子ちゃんに聞いてみると、「なんにも言わなくていいんだよ。心は通じているんだから」といわれました。いわれる通りに黙って手を握るだけで帰るしかありません。
 何回か行っているうちに弘子ちゃんは、なんということはない世間話しに私を混ぜてくれました。がんばれとか、お大事に、とかはいいません。
 弘子ちゃんは同級生にとって女神のような存在なのです。困っている人がいれば相談にのり、病気になった同級生がいれば、すぐに看病に駆けつけてくれます。
 特に配偶者が病弱だったり、いなかったりした場合のケアは配偶者でも、ここまではできまいと思うほど手厚いものでした。

 私は弘子ちゃんから、この「がん哲学外来へようこそ」に書いてあるようなことを学びましたが、弘子ちゃんのような方は、まれにしかいないでしょうから、皆さんは、この本を読んで学んでください。

 同じ「頑張ってくださいね」と言っても、患者さんを傷つけてしまう人と、患者さんを心から慰める人とがいるそうです。
 その違いは何か。それはその人の人間力であり、その人の存在感、とのこと。同じような能力は動物でも持っており、セラピー犬などは下手な人間よりもすごいそう。

 「がん哲学外来」のモットーは「偉大なるお節介」を焼くこと。相手にとって大切なことは何かを考え、相手の必要に共感したお節介が、「偉大なるお節介」です。

 弘子ちゃんは、なんという「偉大なるお節介」屋さんなのでしょう。

 そして、原保雄先生も・・・。


とがん哲学へようこそ2
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とがん哲学出ようこそ3
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