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        取り戻そう 言葉と文字の力を

 かつて、封建主義から民主主義への転換の証(あか)しとして「ペンは剣よりも強し」 と宣言したのは福沢諭吉である。

 以来、ペンの力は慶應義塾を始め、日本の津々浦々まで浸透した。

 はずであったが、戦前戦中は国家権力によって、あからさまに踏みにじられた。

 けれども、「あからさま」はかえって解かりやすい。

 魂胆が丸見えであるから。


 最近の権力者はいかがであろう。

 けして、あからさまには言わない。

 「平和のため・安全のため・国民の命を守るため」と言いつつ、なし崩し的に戦争への道に向かっているような気がする。

 こういう方策をなんというか。

 ペテンである。

 最近のペテン師は架空投資 ・ 貴金属買収 ・ ねずみ講などを取り仕切り、振り込め詐欺は現金やキャッシュカード受取型にエスカレートさせ、思いも寄らなかったクラシック音楽界にまで暗躍している。

加えて、最高権力者も乗り遅れてはならじと・・・。


 どうやら庶民は気がついてきたようだ。

 いま、ペテンにはペテンでお返し、と思われるような詩がツイッターなどで持てはやされている。


明日戦争がはじまる

宮尾節子(著作権フリー)

まいにち
満員電車に乗って
人を人とも
思わなくなった

インターネットの
掲示板のカキコミで
心を心とも
思わなくなった

虐待死や
自殺のひんぱつに
命を命と
思わなくなった

じゅんびは
ばっちりだ

戦争を戦争と
思わなくなるために

いよいよ
明日戦争がはじまる


 宮尾節子さんは、この詩で、言葉が本来の意味を失っている、と言いたいのだ。

 人→ 物 ・ 心→ ディスプレイ ・ 命→ 金 ・ 戦争→ 楽しみ、などのように意味が変わってしまった、と言っているのである。

 あれほど文字の力で戦争を封印した憲法第九条が、一人の権力者によって逆の解釈がなされてしまうのだから、ひとの口から出た言葉など、お茶の子さいさいで逆の意味に使えるらしい。


 しかしながら、この風潮に釘を刺す新たな詩もある。

 なかにし礼氏の 「平和の申し子たちへ! 泣きながら抵抗を始めよう」 だ。

 本来の確かな意味を持つ言葉を使いながら切々と平和を願い、平和憲法を尊ぶ思いが、ひしひしと伝わってくる。

 与謝野晶子の 「君死にたもうことなかれ」 以来の名作であろう。


 私たちはペテン師政治家を頼りにせず、何としてでも言葉と文字の力を取り戻さねばならない。

 言葉と文字を死なせてはならないのだ!


1 光は一点から
光は一点から

2 朝日新聞7月2日
朝日新聞7月2日

3 朝日新聞7月3日
朝日新聞7月3日

4 平和
平和
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