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          人間は言葉で世界を創る
       言葉がなければ世界はない
       人間は言葉でものを考える
       言葉がなければ考えもない
       言葉を増やせば考えは増え
       言葉を失くせば考えは減る
       言葉を拾えばものは増える
       言葉を失くせばものは減る
       言葉がなければなにもない
       言葉があればなんでもある
       言葉がなければ世界はない
        人間は言葉で世界を創る



「みんなは今、ホワイトアウトの中にいて霧氷を見ているんだよ!」
「早起きをすると、モルゲンロートが見られるし、ダイヤモンドダストに出会えることもあるんだ!」
 スキー教師の田勢憲康氏は生徒たちにホワイトアウト・霧氷・モルゲンロート・ダイヤモンドダストなどの言葉を教えるという。スキーとは直接関係ないのだが。
「スキーなど一生に一度しかやらない子供たちもいるにちがいない。寒さ・痛さ・辛さなどを経て滑れるようになったことで自信を持つ子もいるだろう。それよりも、都会ではありえない大自然の織りなす摩訶不思議な現象を経験し、興味を持つことができたら、その子の将来にとって、たった1回のスキー旅行が何万回にも匹敵することになるのではないだろうか。言葉を覚えた場所や状況は忘れないものです」

 豪雪地帯の秋山郷には雪を表現する言葉が40種類ほどある。
クツエチ――スリッパ型の藁沓を履いて歩ける程度に降り積もった雪(2,3寸)雪をエチという
スッポンエチ――スッポン(藁長靴)を履かなければ歩けないほど降り積もった雪
カケチエチ――カケチ(かんじき)を履かなければ歩けないほど降り積もった雪
スカレエチ――スカレ(大型のかんじき)を履かなければ歩けないほど降り積もった雪(3尺以上)など等。

 日本には風を表現する言葉が豊富にある。誰もが知っている春一番(はるいちばん)東風(こち)野分(のわき)の他、凱風(がいふう)貝寄風(かいよせ)青嵐(あおあらし)荷風(かふう)黒南風(くろはえ)白南風(しらはえ)色なき風(いろなきかぜ)雁渡(かりわたし)秋声(しゅうせい)など等、しめて三百数十種類も数えられるという。 
 これらを使って風の強さ・温度・湿度などの状態、音・匂い・肌触り、はたまた色まで表現することができる。

 宮沢賢治は雲に関して特別の感情を持っていたようだ。特別の感情は特別の言葉で解る。
「氷河が海にはいるように白い雲のたくさんの流れは枯れた野原に注いでいる」
「向こうの縮れた亜鉛の雲へ」
「雲はたよりないカルボン酸」
「雲には白いところも黒いところもあってみんなぎらぎら沸いている」
「白い輝雲のあちこちがきれて、あの永久の海蒼がのぞいている」
「雲はみんなリチウムの赤い焔をあげる」
「燃え上がる雲の銅粉」
「日はいま羊毛の雲に入ろうとして」
「やまなしの匂いの雲」
「蛋白質の雲は遥にたたえ」
「蒼鉛色の暗い雲からみぞれはびちょびちょ沈んでくる」
 宮沢賢治にとって雲はそれぞれに個性があって全部違って見えたにちがいない。しかしそれは冷静に考えれば至極当然のこと、同じ雲など何万年たっても現れることはないのだから。
 さりながら常人はそのことを表現する言葉を持っていない。言葉がなければ、そのものもない。
コメント
この記事へのコメント
今野寿美さんの言葉の力
 先日、市村君のブログで、今野寿美さんに添削していただいた私の短歌を紹介いただきました。「新盆に伺う友の庭先にさるすべり赤し去年(こぞ)と変わらず」でした。私はこの歌を見た時、「これこそが私の言いたかったことだ!」と一瞬、身震いがしました。これこそ言葉の力だと思いました。同級生や知人の皆さんからもメールをいただきありがとうございました。亡くなった田口則夫君の姉さんからも「この歌を見てとても嬉しかったです。」という伝言があり、本当に嬉しかったです。
2015/02/09(Mon) 21:24 | URL | 小野瀬壽 | 【編集
日本語って素晴らしい。
表現方法が多種多様です。
言葉を知っていたら細かい所まで表現出来る。
私はあまり言葉を知らないのでありきたりの表現方法しかない。
作家さんの言葉はどのくらいあるのだろう。
尊敬の念とともに、いつも感心する。
どこまで本を読んだらあのようになれるのだろう~
高齢になって身近に病気で言葉を失う人が増えると何とも言いようのない悲しさが胸を打つ。
歳を取るって悲しい(-_-;)
2015/02/11(Wed) 22:10 | URL | hana | 【編集
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