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 お隣のミカンの木のてっぺんに一つだけ実が残っています。

 言わずと知れた木守り(きまもり)ですね。

 来年もよく実りますようにと願うおまじないであるとともに、冬の間、採餌に苦労する小鳥たちにも残しておいてやろうという心づかいでもあります。

 お隣のおばあちゃんは霜や雪の降った朝など、小鳥にえさをあげている優しい方でしたから、ご家族にもそのような心が引きつがれているのでしょう。


 現代社会は新資本主義とか言って、工場は労働力の安い新興国に移し、国内では非正規社員を酷使して作ったものやサービスを買わせることで、徹底的に収奪することが当たり前になってしまいました。

 ところが、もともとこの国には人々はもちろん小鳥や小動物のことまで気遣って共存共栄を図ろうとする伝統的な思考と習慣があったのです。

 徹底的に収奪せず、回復可能な分を残すことは自分たちを守ることであると同時に自然を守ることでもありました。

 それなのに近現代の私たちは資本増殖の原理に毒され、自然を痛めつけるだけでなく、破壊しながら生きてきてしまったのです。

 放出された放射能は何万年も残り、一度上がってしまった気温はもう二度と元に戻ることはありません。

 今、パリで開かれているCOP(コップ)21では各国が二酸化炭素の排出量を牽制し合っています。
 そのことも大切ですが、もっと大切なことは、私たち一人ひとりが木守りの心を持つことでありましょう。

 この地球上の生きとし生けるものはすべて運命共同体。

 大宇宙に目をやれば地球など小さな宇宙船に過ぎない。

 その大宇宙にも小さな命が散らばっているかもしれない。

 ハヤブサ2は宇宙に残された木守りを探しているのです。


1 お隣のミカンの木
お隣のミカンの木

2 木守り
木守り
コメント
この記事へのコメント
70代の私達は義理人情の社会と今の世知辛い社会の両方を知っています。

昔の考えを基本としている人と現代型の人とで生き方が違っています。

家族・仲間人に迷惑をかけないようにする、常識を持って人と接する等、最低限の社会生活を送るためのものは自然から教えられてきたような気がします。それでも知らない間に迷惑をかけていることが多いですが・・・

それが、自己主張ばかりする・責任は取らない・人のせいにする・他人の事は考えない・もちろん動植物や小鳥にまで気がいかない。家族だって触れ合わないで殺しあう時代恐ろしい時代になってしまいました。

そしてテロや戦争にどんどん押し流されていきそう。本当にやさしい心を持った人はマスマス住みづらくなります。
2015/12/16(Wed) 09:17 | URL | hana | 【編集
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