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 私が高校一年生になったとき、初めて社会科に倫理学が取り入れられました。

 倫理という教科ですから教科書があり、当然、試験もあります。

 熱心だった担当教師は今をときめくハーバード大学のサンデル教授のような難問を出題しました。

 いくら考えても解決策は見つかりません。

 思い余った私は「今、答えは出ません。その場に私がいたら頭で考えるのではなく体の反応に従います」と答えました。

 評価はどうだったか忘れましたが、これでは回答になっていません。

 倫理学は考えることがすべてなのですから。

 しかしながら、真なるもの・善なるもの・美なるもの・聖なるものに点数やランクをつけて追求することは、いくら考えても無理でありましょう。

 ということで、これは答えのない循環論法、つまり水掛け論になってしまいます。

 それでも無理やり答えを出そうとする学問が倫理学、といえば納得できるでしょうか。

 今、小学校の道徳が教科になろうとしています。

 教科になると点数をつけて評価をしなければなりません。

 答えの無いものに対してどのように点数をつけるのでしょうか。

 世の中には答えのないもの、考えてもわからないこと、科学や技術では到達できないものがあるのです。

 私的には道徳の教科化は反対です。

 それよりも、高校社会科の公民にあたるものを独立させて、社会の成り立ちの真実を教えるべきでありましょう。

 以前、「良い子 悪い子 普通の子」というテレビ番組がありましたね。

 世の中は善人ばかりで成り立っているわけではありません。

 国や組織の指導者の中には ?マークのつく人物もおります。

 プーチンさんやトランプさん、それにジョンウンさんはどんな子だったのでしょうか。

 こうして考えてみると子供社会も大人社会も大差ないことがよくわかります。

 つまり、大人社会こそ「良い大人 悪い大人 普通の大人」で成り立っています。

 ですから、いじめは無くならないでしょう。ヘイトスピーチも無くならないでしょう。

 特殊詐欺も無くならないでしょう。原爆もミサイルも無くなりません。

 このような「真実」を道徳の時間で教えることは、つらいですよね。

 ましてや、点数をつけるなんて・・・。


1 5.17朝日新聞14面「どう思いますか」
5.17 朝日新聞14面 「どう思いますか」
コメント
この記事へのコメント
昔と違って皆同じではなく個性が尊重される時代です。

お友達を作るのも大変です。

私は自分の考えとか価値観が同じような人を選びます。

余りにも違う考えの人や自分の道徳観と違う人は避けます。

逆らっても怖いし、なるべく遠ざかる事にしています。

今の散歩の4人仲間は最高の友です。
2017/05/23(Tue) 14:59 | URL |  | 【編集
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