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 このブログのタイトルは「ピアノは語る グラスは微笑む」ですが、サブタイトルは「市なさぬ 村はずれなるかわのへに 安らかにいき 正でにしなん」となっています。

 妻には、私が死んだら最後の「しなん」を「しせり」と直して告知してほしい、と言っています。

 ホームページの「話題」にもメメント モリ(Memento mori)を主にすることを示しました。
 それは一休和尚が正月にしゃれこうべを掲げたことと同様、生死一如ということ。

 畢竟、死を知りたければ生を追求しなければなりません。ですから、生きることが中心になることは当然ですが、本当は死について語りたいわけです。


 私は若いときから一瞬心臓が止まったように感じられ、駅のホームで崩れ落ちそうになったことも何回かあります。医者に行っても、異常なしと言われ、50代になって初めて専門医から心房細動である旨を告げられました。おそらく47歳で心臓麻痺で死んだ父の遺伝子を受け継いでいるのでしょう。

 今では心房細動はありふれた病気で血液さらさらの薬を飲むことによって殆ど日常生活に影響はなくなります。父の時代にはそのような薬はありません。
 私が11歳の 2月14日、あまりにも寒い朝ゆえ布団から抜け出せないのだろうか、と母が寝床にいってみると、すでに冷たくなっていました。

 その父の体質を受け継いでいると自覚した私は、47歳までしか生きられない、とすっかり思い込んでしまったのです。
 急いで生きて 47歳までに人のやることをみんなやってしまわなければ死んでも死にきれない。若い私はそう思い込んでしまいました。

 二十歳で結婚し、22歳で建売住宅を購入。その時すでに長女が。23歳では次女がいたのです。その9年後、32歳の時に母と姉と同居するため、今の川口市に土地を購入。新築住宅の見取り図は妻が制作しました。

 ですから、私が47歳の時には母も姉もすこぶる元気。娘たちは、すでに社会人として自活。いつ死んでもよかったのです。

 ところが、死ねません。その後も、なかなか死ねません。71歳になった今も生きています。どうしましょう。

 というわけで、長生きしてしまった今でも、死について考えることは習い性になっているので直すことができません。

 私が本当に語りたいことは、死についてなのです。

 ですから、死についての記事や本があると、ついつい注目してしまいます。

 今日の朝日新聞では詩人の谷川俊太郎氏が語っていました。

 私も「人は三度生まれ、三度死ぬ」、「順番は誰にでも回ってくる」、「根源的な問い」、「生と死の法則」などをホームページに載せています。


1 913 朝日新聞 28面 「死んだらすぐ取材 気に入らない」
9/13 朝日新聞 28面 「死んだらすぐ取材 気に入らない」

2 92 朝日新聞1面
9/2 朝日新聞 1面  「折々のことば」

3 山行記 南木佳士
山行記 南木佳士 「からだで書く」

4 山行記 南木佳士
山行記 南木佳士 「からだで書く」
コメント
この記事へのコメント
犬のはなが昨日亡くなった。食べなくなり水だけになって2日で突然心臓が止まった。

私達が生きているうちに逝って欲しいと願ったと通りになったのだがやはり別れは本当に悲しい。

これで生きるしがらみが1つなくなった。

私の飼っている動物が死を迎えるたびに安心して次の世に近づいていけるような気がします。

悔いの無いようにしっかり生きないとと思う。

はなを可愛がってくれたたくさんのひとに”有難う”と心からお礼申し上げます。
2018/09/18(Tue) 19:06 | URL | hana | 【編集
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