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 吉池さんの案内で善光寺に参詣しながら善光寺の成り立ちを考えてみました。

 善光寺の山名は本多(本田)善光という人物名に基づいています。善光(よしみつ)は推古天皇10年(602年)に大阪から元善光寺に本尊を勧進し、その後善光寺にも勧進したとのことですから、すでにそのとき善光寺には仏教以外の宗教施設が整っていたのでしょう。

 以下の要素を考えてみると、勧進以前にはアミニズムの大きな信仰の対象になっていたと思えてなりません。

 善光寺は、現在は天台宗と浄土宗が宗教行事をとり行なっているが、正式には無宗派。

 7年ごとに行われる回向柱(えこうばしら)は出雲大社や諏訪大社の巨木信仰と酷似。諏訪大社の御柱祭も7年ごと。

 善光寺は社殿建築と同じく正面・南面が切妻破風。殆どの寺院は上部切妻破風を左右にした入母屋造で正面・南面を大きく見せる。

 などから考えてみると、出雲族や諏訪族、安曇族や弥彦族など、縄文時代から弥生時代にかけての一国とも思える一族の信仰の対象としての古代神殿だったのではないでしょうか。

 境内近くのそば店で吉池さんと銘酒を酌み交わしながら、そんなことを考えました。


1 善光寺参道
善光寺参道

2 善光寺正面・南面
善光寺正面・南面

3 善光寺側面・東面
善光寺側面・東面

4 酒蔵西の門
酒蔵西の門

5 銘酒西の門
銘酒西の門

6 そば
そば
コメント
この記事へのコメント
善光寺も10年以上経つかな~

良く行った事あったけどもう何年も行ってなくて

今紅葉が綺麗みたいですね

由緒あるお寺さんなんですね

川口の善光寺さんも関係あるんですかね~
2018/12/04(Tue) 19:15 | URL | hana | 【編集
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