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 朝日新聞に編集委員福島申二氏の、忍び寄る「危うい言葉」の支配、が掲載されました。

 よく読みこむと、戦争は言葉によって起こることが分かります。
 ナチズムの拡大は言葉なくしてはありえないし、アジア太平洋戦争も八紘一宇・鬼畜米英・欲しがりません勝つまでは、などと、まず言葉ありきでした。
 これらは突然使われたわけではありません。そうなっていく様子が文中に示されています。

 「言葉はごくわずかな砒素の一服のようなものかもしれない。無意識に飲み込まれ、何の効き目もあらわさないように見えはするが、しばらく時間がたつと、やはりその毒性は現れる」


 私たちの若いころは「斬る」という言葉が盛んに使われました。週刊誌や機関誌などのタイトルで「誰々を斬る」などと、よく使われたものです。論破することなのですが。
 茨城弁ではよく「あんめっちゃ、あんめよ」「あんめっちゃ、あんめっちゃ、あんめよ」「あんめっちゃ、あんめっちゃ、あんめっちゃ、あんめよ」と切り返していきますが、そのような「切る」を「斬る」と鋭くした共通語だったのでしょうか。

 ところが、その論客たちも政治の季節から経済の季節に変わったとたん、言葉は「届けるもの」とコロッと変わってしまいました。

 私の言いたいことは、言葉はその使い手の心情によって変化する両刃の剣だ、ということです。
 「ペンは剣よりも強し」はあくまでも平和時のこと。「剣はペンよりも強し」になってくると戦争の入り口でありましょう。

 近々では「ガソリンをまく」「ぶっ殺す」などの言葉で、あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展」が中止されました。言葉は「突き刺すもの」になってきています。

 危ない危ない。戦争は庶民が起こすもの。
 日露戦争の戦果に満足しない庶民が暴動を起こし、軍事大国にならざるを得なかったことは歴史が証明しています。

 福島氏の記事は「危うい言葉の群れに、時代を支配されたくはない。」と結ばれています。

 言葉は「包むもの」でありたいなぁ。


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9/15 朝日新聞3面 忍び寄る「危うい言葉」の支配

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