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 子供のころ、わが家にはリンゴと柿とイチジクの木がありました。

 リンゴは未成熟で落ちてしまい、柿はなんとか食べられる渋柿、イチジクだけが甘くておいしく豊富になりました。
 
 イチジクはむしり取って、ぎゅっとつかむと2つに割れます。

 それをひと口でかじるので、1つの実はふた口で終わりです。

 それを腹いっぱいになるまで何回か繰り返しました。

 そのころの私の音楽環境は笛やハーモニカで童謡唱歌を演奏することです。

 中卒後の1年間、大人たちと東京に働きに出たとき、初めてビールを飲みました。

 最初は苦くて吐き出したのですが、悪い大人たちに何回かすすめられるうちにだんだん飲めるようになってきました。

 その当時は土方姿のまま、お茶の水のピアノ店に通ったものです。

 その後の高校ではピアノで「うたごえ」の伴奏やブラスバンドでトランペットを吹いていました。

 初めて桃を食べたのはその頃と思います。

 もちろん、わが家にも近隣にも桃のなる木はないので買って食べました。

 おいしさはイチジクとあまり変わりがないので、その後、桃を買って食べるのはやめにしました。

 ホヤを初めて食べたのは演奏旅行で函館に行ったときです。

 夜になると函館駅周辺に雨後のタケノコのごとくホヤの屋台が出ました。

 この時やっていた音楽はジャズです。

 松風町のブルースポットや駅近くのジャズ喫茶でやったライブが忘れられません。

 ホヤの渋さとビールの苦さ、それにジャズの渋さ苦さが加わり、最高の味を楽しみました。

 言わずもがな、渋さ苦さとはおいしさのことです。

 きょうの朝日新聞、「桃からホヤ」の記事を見て、味覚の変遷は聴覚の変遷と一致していると思いました。

 幼少時には甘いものしか受け付けなかったものが、年長になるにしたがって苦いものや渋いものをおいしく感じます。

 それはドミソと2拍子しか分からなかった耳がテンションコードやポリリズムに快感を得ていく過程とそっくりです。
 
 このことを学習というのでしょう。

 この、学習を続けることが、豊かな人生を送る秘けつなのではないでしょうか。


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9/5 朝日新聞 be7面 桃からホヤ
コメント
この記事へのコメント
我が家にも子供の頃イチジクの樹がありました
塀に登って好きなだけとって食べてました
甘くておいしかったです
家を作り替えるとき切ってしまってそれから50年以上食べてなかったイチジクですがお友達から今年は出来がいいのでと取り立てのイチジクをいただきました
冷やして食べたら昔の味がよみがえりました
甘くておいしい~売ってるイチジクと違い我が家の味でした
お友達にありがとう~です
2020/09/09(Wed) 07:27 | URL | hana | 【編集
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