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 荒川は私にとって、いろいろな意味で「母なる河」です。

 家は河口から21kmのところにあり、毎日のように散歩をしたり、カヤックを漕いだり、ときには橋の下で泳いだりしています(良い子は、まねをしないでください)。

 源流のある甲武信岳(こぶしだけ)にも登り、上流の波久礼(はぐれ)ではカヤックを習いました。子供たちと長瀞(ながとろ)や秋が瀬公園でもよく遊んだものです。


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 新荒川大橋から下流を望む。


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 赤羽側にはバーベキュー場があります。


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 我が家の対岸には赤水門・青水門・中の島、それに国交省の河川事務所があります。

 赤水門はモニュメントとして残されています。

 赤水門の建設過程はミュージカルになりました。


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 赤水門とつながって中の島があります。

 東京23区で河川の中の島は2つしかありません。

 もう1つは旧中川の妙見島です。


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 この青水門のところから隅田川が始まります。

 100年前までは隅田川が荒川本流で、我が家の前から葛西臨海公園に至る今の荒川本流は、まだ田や畑でした。明治43年に壊滅的な大洪水があり、それがきっかけで翌年から新河川の開削工事が始まります。

 出来あがったのは昭和6年ですから20年もかかった上、30人もの犠牲者を出しました。

 聖路加国際病院理事長の日野原重明先生は今ちょうど100歳です。また、岡本太郎や私の母も生きていれば100歳です。

 100年前の方々が如何に偉大であったか、写真を見るとよく分りますね。

 母の希望でもあったのですが、私がこちらに居を移して33年になります。

 その間、洪水は一度も起きていません。

 母は利根川下流で生まれ、育ち、私も小河川流域で生まれ育ったので川が見えていないと気持ちが落ち着きません。
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