FC2ブログ
 若い頃から行きたかった大町山岳博物館にやっと行くことができました。

 私には、どうしても見てみたい遺品の手帳が2つあります。
 1つは宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の書かれたもの、もう一つが松濤明の「風雪のビバーグ」の手帳です。
 ほかの展示物はどうでもいいわけではありませんが、松濤明の手帳に出会えた感激で目頭が熱くなり、あまり印象に残りませんでした。


手帳
 手帳

一月五日 フーセツ
SNOWHOLEヲ出タトタン全身バリバリニコオル、手モアイゼンバンドモ凍ッテアイゼンツケラレズ、ステップカットデヤリマデ ユカントセシモ(有)千丈側ニスリップ上リナホス力ナキ
 (二枚空白)
タメ共ニ千丈へ下ル、カラミデモラッセルムネマデ、一五時SHヲホル
一月六日 フーセツ
全身硬ッテ力ナシ 何トカ湯俣迄ト思ウモ有元ヲ捨テルニシノビズ、死ヲ決ス
オカアサン
アナタノヤサシサニ タダカンシャ、一アシ先ニオトウサンノ所へ行キマス。
何ノコーヨウモ出来ズ死ヌツミオユルシ下サイ、井上サンナドニイリイロ相談シテ
 (二枚空白)
井上サン イロイロアリガトウゴザイマシタ カゾクノコトマタオネガヒ
手ノユビトーショウデ思フコトノ千分ノ一モカケズ モーシワケナシ ハハ、オトートヲタノミマス
有元ト死ヲ決シタノガ 六時
今 一四時 仲々死ネナイ 漸ク腰迄硬直ガキタ、全シンフルへ、有元モHERZ、ソロソロクルシ、ヒグレト共ニ凡テオワラン
ユタカ、ヤスシ、タカヲヨ スマヌ、ユルセ、ツヨクコーヨウタノム
 (七枚空白)
サイゴマデ タタカウモイノチ 友ノ辺ニ スツルモイノチ 共ニユク(松ナミ)
 父上、母上、私は不幸でした、おゆるし下さい
治泰兄 共栄君 私の分まで 幸福にお過ごし下さい
実態調査室ノ諸士、私のわがままを今迄おゆるし下さいましてありがとうございました
井上さん おせわになりました
荒川さん シラーフお返しできず すみません B 有元
我々ガ死ンデ 死ガイハ水ニトケ、ヤガテ海ニ入リ、魚ヲ肥ヤシ、又人ノ身体を作ル、個人ハカリノ姿 グルグルマワル 松マミ

 松濤明は、体力の有るうちに救助を求めに降りれば助かったかもしれないのに「何トカ湯俣迄ト思ウモ有元ヲ捨テルニシノビズ、死ヲ決ス」と、友と一緒に死ぬことを選びます。
 そして「サイゴマデ タタカウモイノチ 友ノ辺ニ スツルモイノチ 共ニユク」と覚悟を決め、「我々ガ死ンデ 死ガイハ水ニトケ、ヤガテ海ニ入リ、魚ヲ肥ヤシ、又人ノ身体を作ル、個人ハカリノ姿 グルグルマワル」と言い残しました。
 単独行の達人である松濤明が友人を共にした北鎌尾根で亡くなり、それ以前、単独行のパイオニアと言われた加藤文太郎もまた、なれないパーティーを組んだことによって同じ北鎌尾根で帰らぬ人となりました。
 この2人とは比べ物にはなりませんが、私は、これらのことを踏まえて安易にパーティーを組むことは危険、と判断したのです。
 それは相手にとっても言えること、ゆえに今でも、できる限り単独行を貫いています。

1 入口
 入口


2 階から
 2階から


3 風景撮影用の小窓
 風景撮影用の小窓


4 展望室
 展望室


5 ジオラマ
 ジオラマもあります


6 パンフレット表
 パンフレット表


7 パンフレット裏
 パンフレット裏

HP 大町山岳博物館
コメント
この記事へのコメント
カタカナで始めは読みづらく意味が取れませんでした。何度も読み返しました。
死を覚悟した人間の強さを感じますね。慌てず冷静で自分を見つめられるのは特攻隊に出撃するときの状況と同じです。
後に残る大切な人たちの事を思い穏やかな顔をして別れを告げているようなそんな状況が浮かびます。
1度の死をどんなかたちで旅立つかその人の人間の価値がわかる瞬間かもしれません。
私はどうか?いい死に向かって一生懸命生きるだけです。
2012/10/24(Wed) 17:34 | URL | hana | 【編集
コメントを投稿
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック